昔の写真
デゴイチよく走る! > 昔の写真

引越で昔のネガが出てきました。最近はSLの写真を撮りに行くのも飽きてきましたし、職業柄、“高速フィルムスキャナー”もあることですので、適当にピックアップして紹介していきたいと思います。ネガの保管状況が悪いこともあるのでしょうが、それにしても変色は凄まじいものがありますね。1983年
1985年
1986年
1987年
1988年
1989年
1990年
1992年

1983 ▼次の年へ ▼▼その次へ

1983年10月23日
国鉄消滅と同じくして廃止された筑波鉄道。かつては国鉄から直通の臨時列車が運転されていました。小雨降る日、上野発筑波行その名も「筑波」号に乗車。

1983年12月30日
暮れの帰省ラッシュにあわせ、往年の「はつかり」を彷彿とさせる583系臨時特急「ふるさと」、かつて東北本線の特急の代名詞「ひばり」の臨時列車を、新幹線工事たけなわの赤羽付近で待つ。

1985 ▼次の年へ ▼▼その次へ

1985年3月9〜10日
上野発着の昼行急行が全廃される昭和60.3.14改正が目前、最後の土曜・日曜の様子。頻繁に試運転列車が行き来する新幹線の傍らで、急行は黙々と最後の仕事をこなしていた。

1985年3月13日
東北・上越新幹線の上野開業1日前。この改正で消えゆく電車急行たちを、小雨の上野駅で見送る。

1985年8月11日
そろそろ終わりが見えてきた常磐線の万博ダイヤ。今日のお目当ては20系客車が2本、そして最後には思わぬオマケが待っていた。

1985年9月15日
つくば博開催による常磐線の万博ダイヤも間もなく終了。そんな折、唯一両の虎の子「低運+デカ目」がエキスポライナーの先頭に立った!

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1986 ▼次の年へ ▼▼その次へ

1986年4月13日
走行写真を写しにくい列車の一つ「瀬戸」が、なんと東京15時40分発車。東京発ブルトレの一番手「さくら」よりも早い時間に東海道を下る珍事件。

1986年5月2〜5日
愛知の鉄道100周年記念として、C56160+12系客車が名古屋-武豊、名古屋-木曽川を運転。周遊券を自身初めて手にし、往年の「大垣夜行」345Mで夜の東海道を下る。

1986年5月5日
「SL一世紀号」の帰り、早朝の340Mからそのまま鶯谷へ。

1986年6月1日
クモユニ143から始まり、都区内を走る修学旅行臨など撮りまくり。国鉄急行色のオンパレード。

1986年6月9日
平日午後のアルバイト撮で、お座敷2本+αをGET。新宿の特急ホームにも出入り。

1986年6月14日
ヌマ座「いこい」が上越線から新宿経由、中央線へ。EF641013からEF6473にリレー。

1986年6月15日
シナ座「江戸」、サロン東京、マリ座「なのはな」をまとめてGETするが、サロン東京のとき事件が起きる。

1986年6月21日〜6月29日
伊豆急の新鋭車「リゾート21」が、田園都市線開通20周年を記念して東急線内を走り回った記録。

1986年7月5日
ここのところEF5861の牽引が続いていた土曜午後のお楽しみ「踊り子59号」だが・・・残念、EF65PF。

1986年7月13日
上野駅“ホイッスル”主催の団体列車「ホイッスル号」がEF8181で運転。ついでにドクターイエローも。

1986年7月23日
早朝のリバイバル列車を撮りに行ったらウヤ。それでも残るミッションを淡々とこなす。

1986年7月26日
リバイバル“つぱめ”。往年のヘッドマークを掲げた機関車はなぜかEF65PF。

1986年7月27日
上田交通へ譲渡される“青ガエル”こと東急5000系の甲種を横浜線で。リバイバル“つぱめ”の復路も。

1986年8月2日
新鶴見機関区が一般公開。お召機を中心に歴代のブルトレ牽引機が一堂に会す。

1986年8月2日
新鶴見からの帰りに鶴見線を寄り道。初めて見るチョコレート色の旧型国電クモハ12。

1986年8月8日
「サロンカーなにわ」が珍しく上京、夜行多客臨用に真っ昼間の東海道を回送されてくる。機関車は“つばめ牽引機”EF651004。

1986年8月11日
EF5861+サロン東京の正調編成で運転される「サロンエクスプレス踊り子」。

1986年8月17日
東海道を上る臨時急行「ゆうゆうサロン瀬戸内」をGET、そして沼津機関区の一般公開にも参戦。

1986年8月24日
100周年を迎えた田端運転所が一般公開。さらにEF5889牽引の専用列車が第二会場の東大宮操へ乗り入れる。

1986年8月26日
国鉄から最後の夏休みプレゼント、EF5861&89コンビが重連で上越国境を越える「EF上越号」。

1986年8月28日
「EF上越号」にEF551が登場。流線型の独特なフォルムは、まるでムーミン。

1986年9月7日
大船電車区が一般公開。まさか展示車輌は113系スカ色だけ?

1986年9月15日
多客臨「サロンエクスプレスそよかぜ」を往復撮影する間に、終焉間近な荷物電車・荷物気動車を段取り良くハシゴ。

1986年10月1日
都民の日で学校が休み。都内を転々としながらニモレ・荷電を撮りまくるもピンボケ写真を量産してしまう。

1986年10月12日
高二が一般公開。青いゴハチが3輌にEF62・EF63・EF64・EF65の各トップナンバーが揃うなど高崎の底力が見せつけられる。

1986年10月26日
シナ座「江戸」が東京市場駅に発着。本来はそのシーンを撮るべきなのだが。

1986年10月27日
月曜ながら学校が振替の休み。昭61.11.1改正で消えゆく荷物列車を緻密なスケジュールを持って撮りまくる。

1986年11月1日
国鉄最後のダイヤ改正。JR化を見越した転属回送などを見物。客車「踊り子」は号数が99号に。

1986年11月2日
FRIEND SHIP TRAIN 「ひまわり号」が常磐線と東北本線で運転。

1986年11月9日
一般色EF60のさよなら運転。15号機と、やすらぎ色19号機のプッシュプルを渋川の第一鉄橋にて。

1987 ▼次の年へ ▼▼その次へ

1987年7月14日〜7月15日
車籍はあるものの近年まったく姿を見せないクロ157-1。後継E655の登場もあり、このまま幻となりそうな貴賓車クロのお召列車を偲ぶ。

1988 ▼次の年へ ▼▼その次へ

1988年1月9日〜3月13日
青函トンネル開通により北海道直通のブルトレ「北斗星」が運転開始。その陰で消えゆく名列車「ゆうづる」を夜の上野駅で捉えるが、なおもアンテナを高く張り続けたその結果は。

1988年5月10日
久留里線色キハ372の配給列車を新金線にて。EF8196牽引。

1988年6月13日
久留里線色キハ371002の配給列車を新金線にて。EF8116牽引。

1988年7月4日
「アメリカントレイン」が独立記念日の今日から始動。学校帰り、さっそく様子見に。

1988年7月15日
東海道を上るEF5861+江戸を撮影後、両国でアメトレを見学。〆はシキ614。

1988年7月20日
EF8178牽引で、尾久から水戸へ回送されるマニ50。

1988年7月23日
東海道を下るEF5861+オク座「なごやか」。おまけでEF8181貨物も。

1988年7月28日
ブルトレタイムにユーロライナーが東京着。今春から機関車の段落としを実施しているブルトレ回送にユーロ専用機が割り込む。

1988年7月30日
常磐線から中央線に抜ける81系“ミト座”は1輌減車。機関車はEF8184からEF6438へとリレー。

1988年8月17日
“ゆうサロ”が多客臨として上京。EF65123牽引だが、品川止まり。

1988年8月19日
お盆明け、帰省Uターンラッシュ真っ只中で臨時列車が大増発。上野を目指し、各地から続々やってくる夜行列車を、日暮里駅付近の跨線橋で一網打尽。

1988年8月23日
ロングラン運用が増えてきたJR東のEF64が、相次いでヒガハスに登場。おまけでマニ30も。

1988年8月27日
JR貨物一周年記念として新鶴見機関区が一般公開。JR貨物の試験塗装機が一同に会すほか、JR東からも“スパイ”が参加。

1988年9月1日
横浜線用205系の第一編成が甲種輸送。二学期の始業式帰りの撮影で、夏休み明けもさっそく鉄モード開始。

1988年9月15日
オク座とシナ座が相次いで常磐線を下るが、小雨模様の天気に意気消沈。

1988年9月18日
中央線にジョイフルトレインが4本も入線、EF64が足りない気がするのだが・・・。名所「鳥沢の鉄橋」にて。

1988年9月21日
夕刻の常磐線を下るモカ座「ふれあいみちのく」はEF8195牽引。おまけで203系+マヤ34も撮ったが。

1988年9月24日
続々と甲種輸送される横浜線用の205系。学校帰り、なんとか品川入線に間に合いGET。

1988年10月4日
ついにロクイチがミト座の先頭に立った! 旧シナ座を彷彿とさせる「新しいのに懐かしい」図。

1988年10月9日
ロクイチ&パックのゴールデンコンビがプッシュプル運転。おまけで都電7025の乙種輸送も。

1988年10月11日
地元を走る営団千代田線用6000系の甲種輸送。6次量産車で、初の新製冷房車。

1988年10月19日
オリエント急行のファーストショット。東京デモンストレーション運転を、カブりカブられながらもなんとかGET。

1988年10月20日
試験帰りに「日本版オリエント」オリエントサルーンを軽く一発。

1988年10月30日
常磐線を上るEF8190牽引、81系“青ミト座”を取手-藤代にて。

1988年10月31日
信越線から常磐線へ上野経由で抜ける81系ミト座を効率よくGET。EF8195なのになぜか白黒撮影。

1988年11月14日
オリエント急行が夕刻の常磐線を下る。その先頭に立つのは帯がギラリEF8181。

1988年11月16日
またまた常磐線を下るオリエント急行が、超レア級な並走シーンを披露。

1988年11月20日
日曜日、上越・高崎線を上ってくるオリエント急行を、小雨ぱらつく北鴻巣にて。

1988年11月22日
学校帰り、掃除をサボってオリエント急行に出撃。そして、ある期待を込めて常磐線のサロンに転戦するが。

1988年11月23日
EF62が新金線を走る珍事。初入線? 前日の送り込み回送を見て一旦は幻かと諦めたが。

1988年11月24日
オリエント急行を大宮入線(下り)にてGET。わざわざ大宮まで行って撮った、のではなく、時間が無くて逆に大宮まで行かないと撮れなかった。

1988年11月27日
常磐線を上るEF8187牽引の81系“青ミト座”。ちなみにオリエント急行は小休期間中。

1988年11月28日
夕刻の常磐線を下るEF8195牽引のサロンエクスプレス東京を、学校帰りの亀有でGET。

1988年11月29日
オリエントサルーンが信越線から常磐線へ上野経由で運転。EF6246→EF8194の「黄金リレー」。

1988年11月30日
昨日に続き、今度はスーパーエクスプレスレインボーが高崎線から常磐線へ「黄金リレー」。EF65PF→EF8178。

1988年12月2日
電気検測車クモヤ443が、信越線から上野経由、常磐線へと運転。

1988年12月4日
ブルトレと富士山の写真で有名な三島-函南間の竹倉付近。今日ついに、富士山をバックに走るオリエント急行を見る!

1988年12月5日
EF651024牽引のオリエント急行を大宮にて。露出が苦しい。

1988年12月17日
上越線の名所 渋川の第一鉄橋を行くオリエント急行。知人の車で深夜の関越道をひた走るが。

1988年12月19日
オリエント急行をオカポンこと岡部-本庄にて。帰りに651系の甲種を狙うもウヤ。

1988年12月21日
EF64-1000重連のオリエント急行をリベンジ。前夜の最終電車で水上へ向かう。

1988年12月23日
D51498が華麗なるデビュー! オリエント急行のトリを飾るに相応しい花舞台。

1988年12月25日
オリエント急行いよいよ運行最終日。希代のロイヤルエンジンEF5861が最後を〆める。

1989 ▼次の年へ ▼▼その次へ

1989年1月15日
JRになって2年目の成田臨。EF5889+14系を往復とも江戸川土手で迎える。

1989年1月16日
パックが連日、成田臨に登場。今日の客車は外観は普通の12系だが“ナノ和”と呼ばれる簡易和式。

1989年1月22日
“ナノ座”に167系湘南色、そして185系までもが常磐線にやってくる珍事。これら成田臨3本を効率よくGET。

1989年1月29日
1989年成田臨の撮影納め。今まで成田線内で撮影したことのなかった私が、初めて「成田線で成田臨」を撮る。

1989年1月30日
学校帰りに撮影したEF651019+レインボーの正調編成。逆光で図らずもアーティスティック気味な写真に。

1989年2月5日
3本のジョイトレを撮りに行ったようだが、写っているのは“ナノ座”のみ。しかも痛恨のフィルム装填ミスが発生、そのシリーズ第1弾。

1989年2月9日
東京都港湾局専用線・晴海線の最終日。ほとんど情報が無い中、トワイライトゾーン初心者の私が禁断の地に立ち向かう。

1989年2月11日
夕方の常磐線を下るEF8156牽引の“ミト座”。カラーでも撮ったのだが・・・痛恨のフィルム装填ミス・シリーズ第2弾。

1989年2月23日
東海道から高崎・信越線へ向かう“ニイ座+サロン佐渡”。思惑通り品川からEF62牽引だったが・・・痛恨のフィルム装填ミス・シリーズ第3弾。

1989年2月25日
新鶴見機関区が一般公開。雨の中、JR貨物の試験塗装機が一同に集う。

1989年2月26日
3月改正で新登場「スーパーひたち」用651系の甲種輸送。お古ばかりだった常磐線向けの嬉しい新車。

1989年3月8日
5700系をはじめとする東武の名車達を、小雪舞う荒川土手で捉える。

1989年3月10日
'89.3「ダイヤ改正記念号」運転に際して回送される旧客そして、ムーミンEF551が遠路はるばる単機回送される珍事。

1989年3月11日
D51498がオリエント急行以来2度目の登場。学校帰り、東武伊勢崎線を北千住で降りずに終点まで乗り通し、上越線へと向かう。

1989年3月22日
根府川の鉄橋にて、EF5861+サロンエクスプレス東京の“正調編成”をGET。

1989年3月24日
EF5861が品川-東京の小回運用に登場。激パニックの中、大バクチを仕掛けた私は勝者となるか。

1989年3月27日
常磐線からディズニーランドへ直通する臨時列車が登場。403系が京葉線まで足を伸ばす。

1989年3月28日
翌日から第三セクター化される足尾線に、EF5889とDE101705のリレーで「JR足尾線 最終の旅号」が運転。

1989年4月20日
夕方の常磐線を下るEF8188牽引のサロンエクスプレス東京。学校帰りの撮影。

1989年4月30日
逗子-軽井沢間にジョイトレ多客臨「レインボー軽井沢」が初登場。その初列車を駒込の踏切にて。

1989年5月3日
品川駅と田町電車区で撮影会が開催。クモハ40074+クモハ40054、EF5861、“ムーミン”ことEF551などが展示。

1989年5月4日
業績好調なJR貨物が海峡線向けにED79-50番代を新製。GW期間中にもかかわらず落成し甲種輸送されるED7952をヒガハスにて。

1989年5月14日
モカ座「ふれあいみちのく」を金町駅で撮。しかし、運転本数の少ない緩行線が肝心なときに出しゃばる。

1989年5月28日
品川常駐機のPFが、オク座「なごやか」を引き連れて新金線に登場。ミステリー列車だが運転ルートはバレバレ。

1989年5月30〜31日
アメリカントレインが横浜駅で展示。EF6019とEF5861のプッシュプルとなり、平日にもかかわらず2日連チャンで撮影。

1989年6月3日
今はなき鹿島鉄道が自社発注した新車、KR-500の甲種輸送を学校帰りに撮影。おまけで81系“ミト座”も。

1989年6月4日
武蔵工大の団臨、EF5861牽引のレインボーを代々木の踏切にて。

1989年7月16日
“パック”ことEF5889牽引のスーパーエクスプレスレインボーを、雨のヒガハスにて。

1989年7月26日
夏休みの午後、常磐線を走ったマヤ検を効率よく“追っかけ”撮影。牽引機は星ガマEF8193。

1989年7月
赤いEF65が牽く臨時特急「エルム」。終着上野に着くのはお昼過ぎという超朝寝坊な夜行列車。

1989年7月31日
常磐線を上ってくる81系お座敷客車“ミト座”を撮影。ちょっとしたアルバイト感覚で江戸川土手へ自転車でGo!

1989年8月2日
ジョイフルトレイン3本が一斉に武蔵野線に入り乱れ。冷静に紐解いて撮影順序をはじき出す。

1989年8月5日
早朝の東海道を上るEF58122を奥の手を使って撮影。その足で「横浜博サロン号」そして八高線へD51498までも狙いに行く転戦記。

1989年8月11日
和式気動車“アキ座”、そして“サワ座”が相次いで上京。おまけでEF5861「横浜博サロン号」にも足を伸ばす。

1989年8月20日
京葉線のD51498「SLコニカ号」運転初日。2往復の合間を縫って、鹿島臨海鉄道6000系の甲種輸送も狙ってしまう若気の至り。

1989年8月21日
お座敷2本に急行「十和田」が相次いで常磐線を上ってくる様子を江戸川土手にて。

1989年8月22日
京葉線のD51498「SLコニカ号」の撮影第2弾。その帰りがてら、前日の復路となるEF8195+ミト座も卒なく撮影。

1989年10月9日
常磐線を走るマヤ検を学校帰りに撮影。通常では間に合わないはずの北松戸へウルトラCを駆使して到達。

1989年10月14日
金町付近を走るEF8183+Aタカ座だが、違和感ありまくりのその訳は。

1989年11月2日
14系寝台車連結の臨時夜行急行「アルプス91号」が千葉始発で運転。その前回送が白昼の常磐線に現る。

1989年11月6日
成田線から武蔵野線へ、EF651026牽引の“Bタカ座”が、太陽に向かって走る。

1989年11月18日
夕刻の新金線に“Aタカ座”がやって来たが・・・もう露出がない。

1989年11月25日
武蔵野線から常磐線へ、EF8186牽引の“オク座”を学校帰りに撮影。

1989年11月29日
日の入り間際で露出が厳しいEF62牽引81系お座敷客車“ミト座”。大宮入線ではなく与野での撮影を選んだワケは。

1989年12月4日
冬の夕陽を背負って東海道貨物線を上るEF5889+81系“ミト座”を、学校帰りの花月園前にて。

1989年12月5日
静ガマEF6435が“ナコ展”を引き連れて常磐線へ。しかもEF651022とプッシュプル。

1989年12月15日
冬の陽射しを浴びて新金線を走る“オク座”こと12系お座敷客車「なごやか」。EF651028牽引。

1989年12月21日
EF651019牽引のスーパーエクスプレスレインボー正調編成を江戸川土手にて。

1989年12月30日
上野発の気動車列車「奥久慈81号」臨時快速を江戸川土手で撮影。おまけで重連の貨物も2本。

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1990 ▼次の年へ ▲TOPへ

1990年1月7日
成田臨にEF58コンビが登場するも、ロクイチを可愛がるあまりパックそしてEF8181も撮り逃す。

1990年1月9日
EF5889+ナノ座「白樺」を江戸川土手にて。晴天下で見る茶+緑色の編成はとても綺麗。

1990年1月19日
常磐線を走るEF8187+ナノ座「白樺」。武蔵野線ではなく律儀に上野経由で運転。

1990年1月22日
「北斗星トマムスキー」「シュプールニセコ」の各回送を撮ろうと鶯谷を目指すが、タッチの差で山手・京浜東北が抑止。あの御徒町陥没事故の日。

1990年1月27・31日
EF64牽引のオク座「なごやか」が立て続けに常磐線に登場。もはや常磐線でEF64を見るのは珍しくなくなったかも。

1990年2月3〜4日
雪景色の新金線に現れたBタカ座「くつろぎ」。オク座、ナノ座も来るはずだったが。

1990年2月5日
EF6441+ナノ座「白樺」の“北長野コンビ”が新金線に入線。前日のリベンジ。

1990年2月7〜8日
EF8188+オク座「なごやか」が新金線に入線。EF65で足りそうな運転区間にもかかわらずEF81が登場したワケは。

1990年2月10〜11日
盛岡のお座敷客車「ふれあいみちのく」が新金線に初入線するも、あいにくの雨模様。

1990年2月17日
夕方の常磐線を相次いで下る2本のジョイフルトレイン。初めての撮影ポイントでカメラを構えるが、逆光にもほどがある。

1990年2月21〜22日
オリエントサルーンが珍しく新金線に登場。ワインレッドの車体が美しいコントラストを魅せる。

1990年3月4日
新京成8800系の甲種輸送を松戸で撮影。松戸駅では7・8番線が新京成のホームだが、JRホームの3番線を新京成車が通過するカオス。

1990年3月8日
EF651022+Aタカ座「やすらぎ」を新中川の鉄橋にて。タカ座が新金線を走る姿もすっかり板に付いた。

1990年3月11日
EF65PF+Bタカ座「くつろぎ」を新中川の鉄橋にて。この前日がダイヤ改正で、一部の貨物列車の牽引機に小変化。

1990年3月12日
EF651024+Aタカ座「やすらぎ」を新中川の鉄橋にて。2日連チャンで新金線に出撃。

1990年3月14〜15日
81系“ミト座”が新金線にお目見え、総武線内のDD51も含めて2日連チャン撮影。ついでにBタカ座「くつろぎ」も登場し茶色三昧。

1990年3月18日
九州から「パノラマライナー・サザンクロス」が上京。首都圏を走り回るのを追っかけ撮影するが急遽、途中で離脱し浮気する。

1990年3月
知人からの連絡で、EF8195の貨物を新金線でアルバイト撮。少しダイヤの乱れがあった模様。

1990年3月25日
EF64がサロン東京を引きつれて総武線へ。ほかにAタカ座「やすらぎ」、マリ座「なのはな」も合わせてGET。

1990年4月1日
JR西日本の欧風気動車「ゴールデンエクスプレス・アストル」が上京し、都内を走る様子。

1990年4月7日
「スーパービュー踊り子」251系の第一編成が甲種輸送される様子。一目見た感想はまるで「イモムシ」。

1990年4月12日
レインボーにはEF8195という専用機があるのに、なぜか他号機が牽引。でも、こういうことはよくあった。

1990年4月15日
撮影場所を転々としながら5本のジョイフルトレインを次々に撮影。ジョイトレ全盛期ならではの豊漁掴み捕りならぬ「掴み撮り」。

1990年4月23日
早朝の新金線を走るシキ280B1。いつもは深夜帯ばかりの運転だが、なんとか走行シーンを捉える。

1990年5月2日
営団03系の甲種輸送を撮りに行ったら空振り。が、今となってはそれ以上の写真が残っている。

1990年5月6日
新金線を走るEF651013牽引のAタカ座「やすらぎ」。よく晴れたゴールデンウィーク最終日。

1990年5月9日
やすらぎ色のEF6019が牽引する幼稚園の遠足列車「パンダ号」ヘッドマーク付。客車10輌の堂々編成。

1990年5月13〜14日
宮原のお座敷客車“ミハ座”こと「あすか」が珍しく上京。まだ防風柵のない根府川の鉄橋に2日連続で挑む。

1990年5月20日
廃車間近の81系お座敷客車“ミト座”が碓氷峠に現る。国鉄特急色の「あさま」が頻繁に行き交う峠道を、EF63とEF62の三重連コラボがやって来た。

1990年6月11〜18日
車輌工場で落成したピカピカの新車を運ぶ甲種輸送。南海2000系、新京成8800系、そして新幹線100系までもが“お披露目運転”される模様。

1990年6月20日
廃車間近の81系お座敷客車“ミト座”が、今度は板谷越え。さよなら運転を前に、最後の花道を飾る。

1990年6月23日
金沢のお座敷客車“サワ座”がEF62牽引で上京。早朝の鶯谷で待ち構えるが、ことごとく・・・

1990年6月26日
オクシナ回送で輸送される お座敷客車「江戸」。何の変哲もない列車を撮りに行ったその訳は。

1990年7月1日
81系お座敷客車“ミト座”がついにさよなら運転。私としては珍しく常磐線の下り方面へ撮影に向かう。

1990年7月9〜11日
長者丸踏切でEF65プッシュプルの“オク座”を撮影。しかし本当の狙いはプッシュプルではなかった!

1990年7月
早朝の常磐線で見られた珍貨・DE牽引のコンテナ貨物1351列車。つい最近まで残っていたらしいことに驚き。

1990年7月21日
TDL臨の夜行快速として長野色169系「ファンタジー舞浜」が運転開始。その初列車を京葉線で捉える。

1990年7月28〜29日
東北本線の普通列車を乗り継いで帰京中、福島に辿り着いたところで終列車となってしまった。もう翌朝まで接続列車は無いが・・・

1990年8月5〜6日
山形新幹線の工事が進む板谷峠。「おが」ではない20系客車の臨時急行が、日の出とともにやって来る!

1990年8月15日
ヘッドマーク付「津軽」や20系「おが」が健在。夜を徹して各地からやったきた長距離列車が続々集結する往年の鶯谷にて。

1990年8月20日
お盆明け1990年の夏臨を〆めるべく、日暮里の跨線橋へ。機材のラインナップに新しく加わった、レフレックス500mmレンズの実力は如何に。

1990年8月31日
板谷峠のスイッチバックが今日で見納め。14系「津軽」最終列車も押さえつつ、EF71+ED78「お別れスイッチバック号」を松川鉄橋で捉える。

1990年10月11日
山形新幹線400系の試作編成が登場。途中で“増結”しながら仙台へ甲種輸送される様子。

1990年11月28日
営団地下鉄 半蔵門線が水天宮前まで延伸開業。夜勤帰りに寄り道して、当日朝の様子を軽くウォッチ。

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1992年6月13〜15日
10ヶ月の期間限定で仙山線を走ることになった485系「つばさ」。山形新幹線開業間近、最後の姿を追う。

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