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仙山線の「つばさ」 [1/6]
1992年6月13〜15日
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10ヶ月の期間限定で仙山線を走ることになった485系「つばさ」。山形新幹線開業間近、最後の姿を追う。

485系「つばさ」熊ヶ根の鉄橋
■1992-6-13(土) 陸前白沢-熊ヶ根 485系 特急「つばさ」上り列車。有名な「熊ヶ根の鉄橋」

1992年7月1日(水)、新幹線と在来線を直通運転する山形新幹線が開業しました。いわゆる「ミニ新幹線」です。この時すでに博多南線やガーラ湯沢線などがありましたが、それらは新幹線用の施設を在来線扱いしているものであって、山形新幹線は純粋な意味での新在直通運転として初めてのものです。

こうしたミニ新幹線は、費用対効果で見た場合にやや疑問が残り、一言で言えば「金と手間をかける割には、たいした速達効果がない」ものです。無理して直通運転させなくても、現在の新八代駅がそうであるように、福島駅でホームtoホームの乗換が出来るようにしておけば充分ではないかと素人的には思いましたし、実際そういう意見も多かったように思います。

しかし東京直通の列車(それも新幹線直通)が存在する意義は、地元の方々にとっては非常に大きなものらしく、特に観光客誘致には天と地ほどの差があるようです。フル規格の新幹線に拘っていたのではいつ実現するかも判らない(いまだに開通してないでしょう・・・たぶん)、また新幹線と引き換えに並行在来線が廃止ということにでもなれば、それはそれで困ります。

ミニ新幹線反対論・慎重論の最大の理由に「新幹線以外の他線との直通が出来なくなる」というのがありますが、それは並行在来線の存続が約束されている場合に有効な話であって、廃止となっては直通もヘッタクリもありません。フル規格&在来線廃止をとるか、ミニ&他線直通不可をとるか、を天秤に掛ければ、答えは容易に決まります。そして軌間(レールの幅)を変更するデメリットは、この期に及んで大した問題ではないことにも気付きます。

ミニ新幹線の工事期間中そして開業後も、仙山線というバイパス線が機能する有利な地理条件はあったにせよ、在来線をキープしつつ、東京直通・新幹線直通を果たした山形新幹線は、妥協でも何でもない、実は素晴らしい解決策だったのかも知れません。

山形新幹線の工事は、基本的に複線のうちの片側ずつ線路閉鎖して改軌していくものでしたが、一部に存在する単線区間ではそうもいきません。また複線区間でも上下線のうち片方の改軌が完了し、もう一方に工事着手するとなると、485系の「つばさ」などは走れなくなります。

そこで1991年8月27日(平成3年)以降、山形新幹線開業までの約10ヶ月間は、485系特急「つばさ」は仙山線経由で仙台発着となり、仙台で東北新幹線と接続させる措置が採られました(上野発着の1往復も仙山線経由として存置)。

今回はその仙山線を行く485系「つばさ」、いや仙山線というだけでなく、485系「つばさ」という特急列車そのものの最後の様子を紹介したいと思います。

私にとって仙山線は、1990年の陸羽東線「SL紀行陸東号」の折り、空き日(例によって、とても天気がよい日でした)に一度乗ったことがあるだけですが、不思議と車窓風景などは脳裏によく焼き付いており、今回の撮影に行くにあたり迷いのようなものはありませんでした。

1992年6月13日(土)、夜勤明け東北新幹線で仙台へ。仙山線の普通列車に乗り継いで、降り立ったのは熊ヶ根駅。

485系「つばさ」熊ヶ根の鉄橋
■1992-6-13(土) 陸前白沢-熊ヶ根 485系 特急「つばさ」下り列車。並行して架かる国道48号線の橋からの撮影で、こちら側には歩道がない=つまり車道から撮っているので、なかなか辛いものがあります。トラックやバスの通行が多い上に、これら大型車同士のすれ違いさえやっとという狭さ(現在は拡幅されているそうです)のため、鉄の皆さんは列車が来る時間以外は橋の袂に待避していました。当然、三脚など立てていられません

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