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臨時列車「筑波」 [1/2]
1983年10月23日
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国鉄消滅と同じくして廃止された筑波鉄道。かつては国鉄から直通の臨時列車が運転されていました。小雨降る日、上野発筑波行その名も「筑波」号に乗車。

「筑波 (つくば)」と聞いて、若い皆さんは何を連想するだろうか。つくばエクスプレスかな?

1987年3月31日、すなわち国鉄最後の日と同じくして、消えていった鉄道がありました。
筑波鉄道。

筑波鉄道は、茨城県の土浦-岩瀬間約40kmを結んでいました。私も一度だけ乗ったことがあって、1980年頃だったでしょうか、筑波山に行く折り、土浦-筑波間を往復乗車しました。行きも帰りも座席に座れたように記憶していますが、車内は結構な数の乗客が乗っていた印象があります。でもそれは、行楽シーズンの束の間の賑わいに過ぎなかったのかもしれません。1987年、さよなら国鉄ムード真っ只中に筑波鉄道廃止の報を耳にしました。しかし現金なもので、私の興味は国鉄の最後に向けて一辺倒であり、大変失礼で生意気な言い方をすれば「筑波鉄道まで手が回らなかった」。

筑波鉄道はかつて、国鉄からの臨時列車が直通運転されていた時期がありました。私が知っているのは上野発筑波行の臨時普通列車「筑波」で、何と12系客車6両編成が土浦から筑波鉄道に乗り入れます。Wikiペディアによれば、路線終点の岩瀬側からも同様の臨時列車が運転されたことがあったようですが、そちらは一足先に消滅してしまったのでしょうか、さすがに私は時刻表上の記憶としても持ち合わせていません。

筑波 サボ

そんな上野発筑波行の臨時普通列車「筑波」に1983年10月23日(日曜日)、上野から乗ってみました。ただし・・・土浦までです。終点の筑波まで全区間を乗りたいのは山々ですが、どう転んでも「地方ローカル私鉄」に分類されて異論がないであろう筑波鉄道は運賃が高く、当時子供の私には(たとえ半額の小児運賃だとしても)手が出ませんでした。

今思えば、無理してでも乗っておけば良かったと思いますが、子供というのは「○○に対しての××円が割安か割高か」と、モノの価値を相対的に判断することが思考的にも経済的にも出来ず、「××円」が所持金よりも大きい値であれば、いくら割安で相対的にオトクであろうとも諦めざるを得ませんでした。それに、まさか3年半後に筑波鉄道自体が廃止になろうとは考えも及ばなかったこともあります。

EF8062 筑波

列車は前述の通り、12系客車6両編成です。機関車はEF8062。天候小雨。上野駅は18番線発だったと思います。休日運休の普通電車のスジを使っており、車内でも駅でも「乗車券、定期券のみでご乗車になれます」と繰り返し放送するものの、こんな「訳の分からない列車」に乗り込んでくる一般人はいません。行楽客も皆無に近く(というより皆無だったかも知れない)、主な客は鉄道ファン。各車両に3人乗っているかどうかという閑散ぶりでした。

ネットで検索したところ、翌1984年秋の運転を最後に「筑波」は消滅したようですが、ガラガラ状態なのに、この翌年も走ったというのは驚きです。筑波鉄道側の強い要望でもあったのでしょうか。先のWikiペディアでは、筑波鉄道は「1984年(昭和59年)11月2日 沿線自治体に事業廃止を申し入れ」とありますから、1984年までは何とか鉄道を活性化しようと努力していたのかもしれません。しかし鉄道事業を公に諦めてからは「筑波」が走ることはありませんでした。

EF8062 筑波
■1983-10-23 「筑波」車内
これ走行中です。どういう訳か、貫通扉が開きっ放しで走っていました。現代なら大問題になるかも知れませんが、当時はまだ各地で旧客が走っていましたから、貫通扉が開いているくらい、どうってことはなかったですね

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