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昭60.3.14改正に向けて [1/8]
1985年3月9〜10日
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上野発着の昼行急行が全廃される昭和60.3.14改正が目前、最後の土曜・日曜の様子。頻繁に試運転列車が行き来する新幹線の傍らで、急行は黙々と最後の仕事をこなしていた。

455系 急行ときわ
■1985-3-9 亀有 455系 急行「ときわ」。当時、こんな列車がごく普通に1時間ヘッドで走っていました

昭和60.3.14改正(1985年)では、それまで大宮始発で暫定的に開業していた東北・上越新幹線が、いよいよ上野に乗り入れます。新幹線と並行する東北・上越の各在来線は、すでに昼行特急が大幅に整理されていたものの、中距離輸送を担う急行列車は存置されていました。しかし今回の改正で、急行にもいよいよメスが入ることになります。そしてそれは、私の予想を大きく超える変革ぶりでした。

東北本線や上越線の急行が廃止されるのは想定内としても、新幹線とは直接の関連がないと思われた常磐線、信越線の急行も、特急に格上げという形で姿を消します。

と書いてもピンと来ないかも知れませんので (私もそれが何を意味するのか、初めは解りませんでした) 言葉通りに一つずつ検証してみると、上野駅からはまず東北本線の列車が出ています。これは新幹線と重複する区間が長い磐越西線、奥羽本線方面も含め、昼行急行は廃止ということになります。

次に常磐線方面の昼行急行はすべて特急に格上げ。上越線方面は新幹線との重複で廃止、および水上までのレジャー輸送は新特急に統一。信越線方面の昼行急行はすべて特急に格上げ。

これらが意味するところを一言で表すと、こうなります。

上野発着の昼行急行は全廃──

1985年3月9日(土)、10日(日)、すなわちダイヤ改正前の最後の土・日の様子をどうぞ。

455系 急行ときわ
■1985-3-9 亀有 455系 急行「ときわ」の後追い。緑帯こそ無いものの、サロ(グリーン車)が連結されています(手前から2両目)

103系1000番代
■1985-3-9 亀有 地下鉄乗り入れ用の103系1000番代。すでに203系が台頭しており、緩行線から消えるのも時間の問題でした。事実、ちょうど1年後に常磐緩行線から撤退

485系 ひたち
■1985-3-9 亀有 485系「ひたち」ヒゲ無し、赤スカート

455系 急行ときわ
■1985-3-9 亀有 455系 急行「ときわ」。こちらはシールドビーム車。急行「もりおか」は一足早く昭和57.11.15改正(1982年)で消滅していたため、この区間を走る455系の急行は「ときわ」のみ(下に続く)

キハ58 急行ときわ
■1985-3-9 亀有 (上から続く)でしたが、ほかにキハ58による急行が2往復ありました。

キハ58 急行ときわ
■1985-3-9 亀有 キハ58 急行「ときわ」後追い。写真からはよく判りませんが、キロ28もつないでいるはず(手前から4両目があやしい?)

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