緑の草子
グリーン車とA個室と諸々
(2008/08/12)
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先日の箱根行きでは、なんと2年ぶりくらいに電車に乗ったことになります。すると、(自分にとっては)新しい発見の連続です。まずSuica初体験。我が家には2枚のSuicaがあり、通常はYahoo! JAPANカードSuicaが(私の管理が及ばないところで勝手に)使われていますが、1枚のカードを2人では当然使えないので、普段は使っていないカード、というか、まだ一度も使っていないカードもお出ましとなりました。

こちらは某銀行のキャッシュカードとのアベック型。確か、オートチャージONにして申し込んだはずだよな・・・「ピンポ〜ン」と改札機が閉まって「お客さんサァ、キャッシュカードじゃ電車乗れないよ」なんて恥をかいたらどうしようとドキドキしながら改札機にタッチすると「オートチャージ3000」みたいな表示がちらっと見えて一安心。慣れてしまえばどうってことないんでしょうけど。

金町駅のホームにあがると、5番線にコンテナ列車が停まっています。ずいぶん長い編成だなと思ってよく見ると、ちょうど目の前の連結器が繋がっていません。ハテ?と思って左を見ればEF81だったかな、が付いています。右を見るとEF65。さては新金線から来た列車を、ここで分割したんでしょう。金町ではまだこんなことやってるんだ。ほどなくブレーキを解く「シャー」というエアー音がして左半分が左(下り方向)へ発車。数分おいて右半分が右(上り方向)へ発車していきました。

次に私の前に現れたモノは、3番線を通過していく下り中電E531(←形式はWikipediaで調べました)。グリーン車2両付き。常磐線の普電にもグリーン車が連結されているらしいことは耳にしていましたが、2両も付いているとは知りませんでした。そんなに需要あるのかいな。それにしても、通り一遍の観察をする時間を持ってしても、なお乗るべき電車が来ない緩行線のダイヤ、どうにかなりませんかね。複々線完成から40年になりますが、当時も今も日中12分間隔のまま。

グリーン車といえば、人それぞれに想いを馳せるところがあるだろうと思います。善し悪しは別として、多かれ少なかれ特別な存在であることは間違いないでしょう。私はといえば、てんで縁のないタチで、まともにグリーン車なぞに乗ったことはありません。ただし「まとも」でなければ何度か。

まずは名誉のために、しっかりグリーン料金を払って乗った唯一の例を挙げると、今はなき欧風客車「サロンエクスプレス東京」を使用した「サロンエクスプレス踊り子」です。実はこの時はまだ小学生で、運賃や特急料金は小児なのに、グリーン料金だけは大人料金(小児設定がないため)というアンバランスなものでした。またグリーン料金は仕方ないにしても、ネックになったのが伊豆急行の運賃の高さで、さすがに東京−伊豆急下田の全区間は乗れず、伊東で泣く泣く降りています。帰りは適当に普電を乗り継いできたような。ともあれ、まともなのは「グリーン料金を払った」という部分だけで、車内設備的には全然まともなグリーン車ではないですね。

「まともでない」代表格は、グリーン車を普通車扱いで開放している列車に乗ったケースです。当然ほとんどの場合は、事前にそれを知っていて狙いを付けます。かつて常磐線にも例があり、朝の上り普通電車に、急行用の455系が充当されている列車が2本ありました。グリーン車も2両(ただし基本編成と付属編成に1両ずつなので連結位置は離れています)、普通車扱いで乗ることができました。これらは上野に着くと、折り返し急行「ときわ」「もりおか」になるわけですが、そんな時代もあったねと、E531のグリーン車を見て思い出した次第です。そのほか普通車扱いのグリーン車に乗った例を挙げると、これも常磐線でエキスポライナーの583系、上越線の185系など。不思議なことに、どれも1回ぽっきりではなく、それぞれ何回か乗っています。

座席車のグリーン車に乗った例はこの程度しかありませんが、そういえばA寝台なんぞに乗っていたリッチな時期がありました。「北斗星」のロイヤルで、下り1回、上り2回(切符の用意はすべてWさんの手ほどきです)、しかもこの3回は立て続け。秋に上り列車、翌年GWに下り上り往復。1993〜1994年頃の話なので、北海道に行った理由は言わずもがなですけどね。このうち、最後の1回(GWの帰り)は奥中山付近で地震があり、上野には1時間半遅れの到着でした。不謹慎かも知れませんが、より長い時間をAロイヤルに乗れた点は(以下略)。ついでに、そのまた次に北海道に行った帰りはB個室でしたが、今度はなんと機関車故障で3時間遅れ。特急料金の遅延払い戻しを受けた経験は、今のところそれ1回きりです。

個室寝台は今はB寝台にもありますが、かつて個室といえば、しばしば「独房」とも揶揄されたA寝台個室、のちの「シングルデラックス」に相当するものだけでした(もっと昔に遡ればまた色々あったようですが)。そして私が子どもの頃、小田急ロマンスカーの件とは違って、はっきり口に出して語った「夢」があります。それは「ブルートレイン富士のA個室寝台に乗って、東京から西鹿児島まで行くこと」。所要時間24時間30分くらいでしたかね。しかしほどなく「富士」は宮崎止まりとなり、夢は夢のままとなりました。

ところが今になって考えてみると、形は少し変わったけれども「この夢は実現できた」と思っています。先の「北斗星」はもちろん(本州と北海道を直通する列車の存在自体が遠い未来の話だと思っていましたけどね)、いつのまにか「北陸」「あけぼの」「富士(ただし広島→東京)」といったB個室にも私は乗っているんですね。夜行列車衰退期ではあったものの、現在の鉄道事情から見ればまだまだ恵まれていたようです。極めつけは「はやぶさ」の熊本→東京。細かい違いはあれ、個室寝台で九州ブルトレを乗り通した(当時の「はやぶさ」はまだ、東京−西鹿児島間の運転でしたが、B個室車は熊本回転だったので大目に見ることにしましょう)という点において充分でしょう。何年か経ってから「あぁ、あの夢は実現したんだな」と、ふと気が付きました。

子どもの頃の他愛もない「夢」などすっかり忘れているか、漠然と「そんな夢はとっくに諦めている」「実現できるはずがない」などと片付けてしまっている人が大多数だと思います。しかも日常生活という究極の現実世界の中で、そんなことを思い返すことすらしないでしょうが、でも、意識せずに実現している「夢」って、意外と多いんじゃないですかね。



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