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■ 吉里吉里駅
吉里吉里駅は高台にあるため、津波の直接的な被害は免れました。
しかし山田線の沿岸部区間となる宮古〜釜石間は復旧の目途すらたたず、無事だった吉里吉里駅も待合室が封鎖され、レールは赤錆びるばかり。
いつの日か、また列車がやって来ることを願わずにはいられません。
■2012-5-19(土) 蓬莱島 (大槌町) 人形劇「ひょっこりひょうたん島」の舞台になった島、と云われている一つ。モデルになったとされる島は他にも複数あり、作者はどの島をモデルにしたかは明言していない (ウィキペディアより)
■ 大槌町
地理的には、大槌は吉里吉里よりも釜石寄りにあります。ですので私は、釜石からいったん大槌を素通りして、先に吉里吉里に行き、また釜石方面へ戻ってきている形になります。
大槌も津波の被害が大きかった町です。普段は穏やかで綺麗な景色を提供してくれる海が、たった一度の津波で町全体を呑み込んでしまいました。
海辺の道を行くと、右の写真のような看板が、ところどころで見られました。
「仮設団地」を案内する、恒久的な看板・・・とても複雑な気持ちになります。
■2012-5-19(土) 山田線 大槌川橋梁 とても失礼ながら、走る車の中から撮った写真です (吉里吉里側より、大槌方向を見る)
■ 山田線 大槌川橋梁
来た道を戻る途中、「ん?」と思ってカメラのシャッターを切りました。それが何であるかはすぐには解らず、通り過ぎてからハッと気付きました。線路じゃないか?
数本の橋脚は、間隔がちょっと変。その脚元にはプレートガーター。振り返ってみれば築堤。
山田線の大槌川橋梁でした。
この道はさっきも通ったはずですが、その時は全く気付きませんでした。私は、やや内陸を走る国道のバイパスから、海辺の方にやってきたのですから、どこかで山田線と交差しているはず。
この付近の地理には特に明るいわけではありませんが、私も“鉄”の端くれですから、線路のようなものがあればすぐに目が行きます。それなのに気が付かなかったというのは、線路の匂いをもかき消してしまうほどの被害だったという裏返しでもあります。
■2012-5-19(土) 山田線 大槌川橋梁 残った橋脚越しに瓦礫置き場を見る (右が大槌方向)
■2012-5-19(土) 山田線 大槌川橋梁 流されたプレートガーターは回収されて、線路敷地付近に集められていました。何気なく見えるこの状態に持ってくるまで、瓦礫の撤去から始まって並々ならぬ苦労があったはずです。
■2012-5-19(土) 山田線 大槌川橋梁 意図的にだと思いますが、プレートガーターはひっくり返して置いてあったりします
■2012-5-19(土) 山田線 大槌川橋梁 年季の入った銘板
■2012-5-19(土) 線路敷地の両側、橋脚より遥か高く積み上げられた瓦礫が悲しい (吉里吉里側の堤防より、吉里吉里方向を見る)。この場所、本来は・・・山田線 前面展望 (大槌川は 2:50頃)
[ストレスを感じる方は見ないようにして下さい]⇒山田線の大槌川橋梁が流される瞬間 (0:05〜)
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