磐西出撃報告。
7/31三川駅発車後の直線後のカーブ。約一時間半前に到着したが、周囲に鉄は数名・・数えられる程度の人数(楽勝)と思ったのが間違い、通過30分前からは津波の様に押し寄せる人・人・人。白レンズ+×1.4の発車狙いもファインダーから人影を消すことが出来ず・・・。国道に車を止めると迷惑という考えを基に自分は遠くから徒歩してきたのにもかかわらず、15分前(追っかけ?)からは約1Mの路側帯に駐車の列、パトカー忠告有るも聞く者なし。(国道添いは二度とやるまいと決めた)隣に来られた老夫婦と話が弾み、本HPをしっかり教えておきました。
三川ICから高速利用で山都〜喜多方のお立ち台へ間際の駆け込みも殆ど無くゆっくり撮影。
会津若松へ移動し、転車台撮影。夜B撮影予定していましたが、暑さによる疲れと宿の駐車場の狭さで再度出かける気力なし。
8/1朝、転車台撮影後、日出谷のカーブへ11時前には到着したがベストポジションは窮屈そうな状態、道路から1段低いひな壇へ。D51・C57共にこの場所と決めて三脚を立てたつもりが、暑さでD51通過までで限界。C57は日出谷駅側へ少々移動し林の日陰からでした。
とにかく暑い二日間でした、体調を崩した方は見かけませんでしたけど皆さんは大丈夫でしょうか。出撃した皆さん本当にご苦労様でした。
>「さよならじゃないんだよ」
>「また来年・・・」
いろいろあった二日間でしたが、ぜひ「また来年・・・」に期待します。
>日出谷のカーブはから平瀬の踏切周辺も
>100名以上の「鉄」がびっしりだったそうです
>(鹿瀬町別動隊の報告より)
200名ぐらいかな・・日出谷は割と平和でした。(パトカーは再三登場)
こんばんは。こちらにはしばらくぶりに書き込みます。
きょうは、たけやすさんとともに、新津方から「ばんえつ物語」〜
「えちご阿賀野」の津川返しをやりました。(もちろん、「乗り」で)
D51の津川入線の際には、会津若松側のホーム先端におりました。
出会った両機の汽笛の相響きあう音に、かなりジーンときてしまいました。
濃い時間を過ごせましたよ。
No.2964の
>欲を言えば、その音が前進の音なのか、建設の音なのか、その他なのか、
という説明や・・・
書いてありました。早とちりでした。
ごめんなさいっっ
前節の大陸驀進のCDに収録されているやまぐち夜行の音ですが、
すごい!!の一言。大空転の連続でまじ止まりそうになってます!!
今年末は夜行の運転あるかな〜
こんちわ。
今日は津川駅は察するに、かなりパニックのようですね。
また、やまぐち重連の日でもありました。
ほんとは、やまぐちに出動予定でしたが、
ウヤになりました。←財布の都合(爆)
しかたがないので、本日仕入れた、
SL-CD 大陸驀進 (阿部 登氏 自費制作)
を、聞きながらカキコです。
前から欲しいな〜と思っていたのですが、神保町の
書泉グランデ6Fに、いつのまにか入荷しており
そく「買い」でした。
あまり中国のSLはよく知らないのですが、かなりいい音が
入ってます。
イメージとしては、現役時代の花輪線8620に近いかな〜って
気がしますが・・・
でも、やっぱり日本のSLとはちょっと違うかな?
番外編で、やまぐち夜行と、只見C11の音も収録されています。
欲を言えば、その音が前進の音なのか、建設の音なのか、その他なのか、
という説明や、登場するSLの簡単な諸元表があれば理想だったのですが。
(動輪径ですら、知らんのです。所詮その程度の知識デス、ワタクシ。線路幅なら知ってマス。1450mmデショ?アレ?違ッタ?)
音好きの方は、お勧めです。
あ、決してワタクシ、阿部氏のマワシ者ではアリマセンッッ!!
さて、皆様の、津川話とやまぐち話をたのしみにしております。デス。
(やっぱ行けばよかったかな〜?)
同時刻
日出谷のカーブはから平瀬の踏切周辺も
100名以上の「鉄」がびっしりだったそうです
(鹿瀬町別動隊の報告より)
たいした意味はありませんが
辺境の俯瞰地にも数名潜伏
やぶ蚊や虻に刺されながら「鉄」していたようです
(地主の推測より)
何方様も満足の一日でありましたでしょうか?
鹿瀬町
8月20日に運転される秩父鉄道銀河2000の運転時刻が秩父鉄道のHPに載っていました。
http://www.kumagaya.or.jp/~ctk/
寄居1835-40〜長瀞1923-24〜皆野1936-37〜秩父2002着
だそうです。なお、寄居〜長瀞間の時刻が長くかかっているので、波久礼・樋口・野上の駅で定期列車と交換があるものだと思います。推測なのでなんとも言えませんが・・・
本日、磐西津川駅は気温35度
夏曇がたつ青空にヘリが飛びまわり
道路は前後左右、数百メートルに鉄駐車が溢れ交通は閉塞
津川駅ホームはもちろん、前後の線路端には推定千数百人程の人出
(鉄が5:にわか鉄が3:住民一般観客2)
周辺には異様な熱気が溢れていた
対する警備は津川町役場職員&鹿瀬町&JRの総員100名弱
刻一刻と世紀の瞬間が迫る
時の経過を短くも長くも感じる不思議な気分
13:16 C57 定刻入線・期待感が更に高まる
13:32 D51 接近・居合わせる人々の緊張感が最大になるのが肌でわかる
13:33 D51 入線・!!!!!!!!!!
D51の姿を確認したC57が、歓迎の汽笛を一声
答えてD51が挨拶の汽笛を吹鳴
感無量・・・
お互いのヘッドマークが重なる辺りで
機関士が敬礼を交わし
そして両機が交差する。
まさにその瞬間
時は三十数年を溯り、凝縮した。
やがてC57の発車時刻となり
C57は発車の汽笛をD51に送る
しかしD51は答えない
「さよならじゃないんだよ」
「また来年・・・」
D51が言ったように聞こえた
鹿瀬町
現役時代にSLによく乗りましたがトンネルで苦しんだ思いでとしては只見線のC11に乗った時、会津坂本から塔寺の間に4つ位あったトンネルでかなりの煙が入ってきて乗客がせきこんでいる様子が当時録音したテープを聞くと思い出されます。家に帰ってからも喉が痛かったのですが心地いい痛みでした。
一番すごかったのは小海線の高原のポニー号に乗った時に信濃川上から野辺山の間に長いトンネルがあったのですが窓を閉めたにもかかわらず
物凄い熱気が客室内に入ってきました。おそらく50度以上あったのではないかと思われる程の熱気で死ぬかと思いました。
でも小海線にC56が復活した時にはもう1度体験してみたいと思っています。
いずれも8月のことでしたが他の線区ではあまりそういう経験はありませんでした。
津川交換に出撃された皆々様、成果のほどはいかがでしょうか。出撃報告お待ちしています。
> 掲示板に投稿した後、最近,名前の欄が「BGCOL」になってしまいます
すみません、先月 cookie の設定を間違えておりまして、まだ古いデータが残っているのかもしれません。気になるようでしたら、お手数ですが cookie データをすべて削除してみてください。
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