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2978. 津川SL交換見てきました
[KEI] 2000-08-02(水)10:47
http://plaza2.mbn.or.jp/~keiyance/

7/31-8/1と鹿瀬町泊で磐西出撃でした。メインイベントの津川交換は前日までどうしようか迷っていましたが結局貴重なシーンを見る事が出来ました。
8/1当日、かのせまち温泉を出てとりあえず津川駅のロケハンに行きました。am8時頃に着いたときで駅から会津若松寄りの線路沿いには三脚が立ち並んでいます。特に遮断機の無い踏み切り付近に並んでおり付近で夜を明かしたらしい一行の姿もあちこちで見られました。この時点では路駐は見られませんでした。私はこの踏み切りを渡り、土手側に上がった所に構えられそうなスペースを見つけ、この辺なら後で来ても台に上がれば頭ごしにパスできそうとふんでD51を追うために津川を後にして喜多方ー山都の福島三洋電子へ移動しました。
再び津川へ戻ったのはD51が到着する30分前。津川駅前は赤いコーンを立てて入り口を封鎖。一般車両を締め出していたため、鹿瀬へ伸びる県道に路駐の縦列駐車の列が延々と続いてました。やっと止められた所は間近に麒麟山が見える所。ここから銀箱と三脚かついで朝のロケハン場所へむかいます。
線路脇は寅ロープが張られ、JRの方が警備に付いてます。踏み切り付近を中心に三脚の列ができてました。土手付近も三脚の列でしたが、自前三脚を目一杯伸ばし、銀箱の上に上がって35と6x6をセットし前の人の上をパスできるアングルを確保出来ました。
ホームの方は給水施設付近でロープを張り、スロープの下に人が降りないようにしていたし、駅舎前の白い柵付近にもかなりの人垣が出来てましたけど、柵から人が侵入しないように警備してましたのですれ違いポイント付近の構内は意外にすっきりした感じになりました。鉄のほうも皆さんアングルの制限や混乱を避けたいためか若松の並走の時と比べると人垣は思ったほど薄かったように感じます。でも時間になると取材ヘリコプターは2機が上空を交互に旋回し、周囲は一瞬のチャンスを逃しまいと緊張感が漂いましたね。D51が進入するとお互い汽笛を鳴らし合っていい感じでした。どんな風に写ったかどうか(^^;

>あおきさん
喜多方の三洋電子付近ではニアミス(というより会っている)ですね。N原氏と同行されていたのですよね。私はあそこで構えていた白いシャツと白い帽子をかぶっていたものです。


2977. 昨日の津川駅での件です。
[林  正彦] 2000-08-02(水)06:51

おはようございます。
今朝の東京新聞(マイナーですみません)の一面に、津川駅でのD51とC57の交換のシーンが写真・記事付きで掲載されておりました。
その中のJR東日本さんのコメントで、「今後の計画は無い」との事。
そんなことを言わずに・・・ですよね。


2976. 本当に暑かったね!
[あおき] 2000-08-02(水)01:02

いやー本当に磐西暑かったです!
7/30に新幹線にて新潟に入り、本来はD51が目的でしたが、ついでにC57も撮ろうと13:07発2234Dレで津川までと思い、ホームに行ったやいなや、待っていたのは冷房のないキハ40+48(と思いましたが)!しばらくの間乗るのをためらいましたが、仕方なく乗りました。車内はものすごく暑く、窓を全開しても熱風がはいてくる始末。持っていた温度計は40度近くを指していました。(リバーサルフイルムがとても心配でした。)
7/31 三川でD51発車撮影後(発車はスカ気味)、タクシーにて追っかけ。鹿瀬の鉄橋の手前でユリの花を前景にイッパツ。爆煙!次に野沢のクロスでイッパツ。ここで、五泉からのタクシー追っかけのN原さんと合流。そのまま別々に(不経済だと思いましたが…)山都の鉄橋に、逆光サイドから。ここも爆煙!
8/1 N原さんと会津若松のホテルが同じことから、N原さん予約のタクシーで喜多方より出発。
喜多方〜山都 三洋電子前よりイッパツ。爆煙!(ここはバツグンの景色ですね)次は荻野のカーブ。ここはスカ気味。さて、いよいよメインの日出谷へ。12:45頃到着。な、なんとものすごい人……200人くらいいましたでしょうか。それにもめげず前段に鉄橋真正面のポジションを確保。タクシーの運チャンの話では鹿瀬町役場の人がこのさわぎの写真を撮っていたとのことでした。
D51はそこそこの煙で無事通過。大騒ぎになっているはずの津川へ向かってさっそうと走っていきました。我々は鹿瀬の鉄橋を俯瞰できる所へ早々と移動。C57通過ギリギリに間に合いました。C57爆煙。その後、津川へ列車に乗るため向かいましたが、沿線は大渋滞でした。
道中でN原さんから、よく走るさん・けこちゃんさん、そしてトマソンさんの近況もお伺いしました。みなさんお仕事が忙しいようですが、また路線端でお会いできるといいですね!
最後にN原さん、ご同行させていただき有り難うございました。また、鹿瀬町さん、バスの時刻を知らせていただき有り難うございました。みなさんのおかげでいい旅できました!


2975. 感動の汽笛
[くまのプー] 2000-08-02(水)00:58

う〜ん、期待を裏切らない感動の交換でした。
僚友D51を待ちかねたかのように、C57が汽笛を発すると、送れて、構内に進入した、D51の汽笛。1分くらいは続いていたでしょうか?
暑さも吹き飛ぶ感動のシーンでした。何か生き物のような気がしました。だから汽車って止められない。。
追っかけでしたので、津川駅の大混乱には参りました。D51の入線とC57の発車を一応撮ったけど。。ビデオにすべきだったと後悔。津川駅周辺の警備に当たられた関係者」の皆さんお疲れ様でした。今度は冬に期待したいです。。津川駅のねぎ畑の杭で負傷した。くまのプーより。
手持ちで望遠持って、(アングル変えるために)走るのは危険ですので止めましょう。。


2974. 乗ってきましたD51,C57
[小町希] 2000-08-02(水)00:43

本日、阿賀野、津川でばんえつ折り返し、乗り鉄に徹しました。最高でした。
一番、驚いたことは機関車の加速感に違いについてです。最初D51側に乗車しためかC57加速のスムーズさに驚き貨物機と旅客機の違いが実感できました。駅で両機を眺めてみても感じが違い(表現力がなくてゴメンナサイ〕乗り鉄の良さ実感、気になつたことは指定席がほぼ完売と聞いたのに両方ともガラガラでした、指定席券1枚510円というのに問題ありでは、赤字で以後中止とならないことを祈ります
 今後はD51,C57,C58等のそれぞれの重連や三重連、オリサル、やカシオペア
(これは無理か)せめて青森や尾久で寝ているブルトレなどを引っ張れないかと思ったりしました、それにしてもよかった、よかった


2973. 蜂にさされた!
[Mr_Money] 2000-08-02(水)00:32

8月1日急遽磐西日帰りを決行。日本海側はフェーン現象で気温が高く、
D51君は煙をはくのをためらっているかのように、私の前ではスカの連続でした。
というか、人が多すぎて定番位置での撮影がいやになり、超マイナーな場所で
撮影していたためなのだと思うのですが・・・・・
荻野〜尾登の山中にロケハン中、うっかり蜂の巣を動かしてしまったようで
蜂数匹に襲われてしまいました。すぐに追い払ったものの一匹にズボンの上から
刺されてしまいふとももが腫れ上がってしまいました。行かなきゃよかったかな
とも思いましたが、C57ちゃんが私のいた所では煙をはいてくれたのでよしと
しましょうか?


2972. おつかれさまでした
[O印] 2000-08-02(水)00:23

とりあえず世紀のイベントもほとんどノントラブルで終了したようで、
よかったですね(^-^)
出撃されたみなさま及び関係者の方々も暑い中、大変おつかれさまでした。

ところで自分はえちごで入線したのですが、日出谷のカーブは
朝7:30時点ですでに三脚が20本以上、ベストポジションは
あきらめて少しずらしたアングルからD51、C57双方を撮影しました。
でもホントにすごい人出でしたね(*_*)

ではまた

 O印@定番&線路端専門


2971. 「煤だらけ」の列車
[DD13 GO GO] 2000-08-02(水)00:12

磐西の報告の出足が意外に遅いですね。皆様暑さで「おくたばり」なのかな?その代わりトンネルや煙に関する思い出話が出ておりますが、どの程度「煙」に巻かれると顔が黒くなるのか、という疑問にお答えするため、こんな体験談を御紹介させていただきましょうか。

 大学生だったころぼ夏、広島駅から芸備線・木次線・山陰線経由で米子まで行く、C56牽引の快速列車「ちどり」に乗ったときのことです。この列車は広島駅を夜の10時過ぎに出る夜行列車で、編成はたったの3両だけ。従って早目に並ばないと座れないため、発車2時間前から列に並んでいました。私は前から10番目以内でしたので、これは「楽勝」のケース。ところがその夜は、広島で行われた高校総体の終わりにあたり、山陰方面に帰る高校生の運動選手たちでホームはたちまち大混雑。列車が入線したとたん、列の外に居た高校生どもが一斉に乗車口に殺到し、整列していた我々はあっと言う間に弾き飛ばされてしまいました。それでも必死の思いで乗り込みましたが、当然座席は無く、通路もびっしり。仕方が無いので最後部のデッキに座り込むことにしました。汽車が走り出して最初のうちは、涼しい風が後ろから入ってきて、まあまあ快適であったのですが、御存知のように芸備線と木次線にはスイッチバックが2ヶ所あります。最初のスイッチバック(備後落合)で機関車がいままで最後尾だったエンドに回り、急勾配の連続で機関車はフルパワー。炭水車のすぐ後ろで仮眠していた我々の頭上からは、煙はおろか、石炭の燃え滓やら水滴やら、とにかく蒸気機関車が吐き出すものは全て降り注ぎ、惨澹たるありさまになりました。この状態で広島・島根の県境の中国山脈を越え、出雲坂根のスイッチバックにかかると、今度は機関車が反対側のエンドに回ってくれ、ほっと一息。それもつかの間、再び機関車が私の居るエンドに回り、地獄の再現。といった状態で早朝米子駅に到着し、ホームの鏡で自分の顔を見たら、顔全体が煤けているだけでなく、顔から首筋から、とにかく皮膚のしわというしわには「すす」が染み込んでいてびっくり。鼻の穴も真っ黒。白いシャツも上から墨汁を少し薄めてぶっかけたよう。シャツの中まで煤や燃え滓が入り込んでいる。暑苦しくて、眠くて、身体は気持ち悪いし、あんな最悪の状態になったことは、その後の長い人生においても経験したことはありません。この「ちどり」はその後気動車となり、現在でも昼間の急行(広島ー備後落合)として、名前だけ残っているようです。もう30年以上前の話です。


2970. 磐西から帰ってきました。
[林  正彦] 2000-08-02(水)00:00

ただいま磐西から帰宅しました。
私は、31・1日の2日間出かけてきましたが、線路の上に何も無いと、いつものD51が、生き生きとして見えたのは、私だけではないと思います。
31日は、坂下経由で、野沢・豊実・日出谷・深戸の俯瞰地・津川駅を眺めながら、8時過ぎに早出川の堤防の上に到着。すでに同業者の方多数おそろいでした。
待つこと4時間待望のD51は、いつものC57よりも多くの煙をサービスしながらの登場です。この日も気温は非常に高く、おそらく、この気温では・・・との期待?を裏切っての登場でした。
その後、三川ICより高速で西会津へ、途中、五十島トンネル飛び出しの誘惑を振り切っての上野尻入りでした。
飯豊山が残雪を抱いて、その姿を晴天の中、クリアに見せていました。
当然、飯豊バックのD51ねらいです。
先着の同業者の皆様は、飯豊バックD51正面ねらいとお見受けしました。
わが方は、いつもは、影になってしまうインカーブから、画面の左に残雪の飯豊を入れた構図でD51をお迎えしました。程よい煙でGoodです。
山都方面にごく普通に車を走らせたところ、山都の鉄橋を渡った先で、本日3回目の撮影です。
逆光線の中、きちんと煙をたなびかせ、やってきたD51でした。
本日の蒸気機関車はこれにて打ち止。その後、5281レを山都の鉄橋で撮影し、高郷のお風呂に入りに行きました。
本日は、皆様の運転マナーもよろしく後ろからあおってくる輩も無く、またそれぞれの撮影地でもとてもよい雰囲気で撮影できました。
1日は、終日平瀬のカーブねらいでした。
野沢の宿を7:30前に出発。8時前につけばポイントも選べるだろう、との考えが誤っていたのは、平瀬の部落へ入る赤い橋を渡ってすぐのことでした。
現場での夜明かしをされた方多数の模様。皆さん朝からの高温状態で、半分参っているご様子です。
それでも、一同それぞれの場所を確保し、約5時間余りの待機時間に入りました。その後も、続々終結し、県道からその下の列、またその下と、都合3列での撮影、と思いきや、追っかけ組みの皆さんが、県道の列のさらに上から抜いていて、・・・。
このような場面は、いつぞや走った八高線のD51以来と思ったものでした。
それでも、罵声や、乱入騒動などは無く皆さんが、それぞれに楽しんでい田ものと思いました。
大勢のカメラの放列の中、当麻の鉄橋を渡り盛大な煙を上げながらD51は登場しました。まさに千両役者の様相です。平瀬のカーブを曲がりきるまで、煙を上げつづけてくれました。
その後の9228レ(C57180)は、場所を移してと考えていたのですが、これだけの皆さんが、移動するので、その中に入るのはどうもな、と思い、(非常に熱く場所を変えるだけの気力が無かったというのが本音)結局全く同じ位置でC57を迎えました。
C57は、いつもどおり煙突から陽炎をくゆらせながらカーブをかけて行きました。それでも、いつもの時間ではなく、光線状態のGoodな時間にその姿を見られただけでも、満足な一日でした。
ゆっくり撤収し、だめ元で、山都へ。
尾登を過ぎたあたりで、列車に追いつき最後に、もう一回フィルムに収めて終了しました。
日出谷のカーブで、お近づきになった皆さん、これからもよろしくお願い致します。
鹿瀬町様、今回もお会いできませんでしたが、役場の監視の方に、お託をお願い致しました。
この次は、8月12―15日にお邪魔しますので、(赤崎荘に泊まります)よろしくお願い致します。
本日参戦なさった皆様、とてもお疲れ様でした。


2969. トンネルの思い出
[やっさん] 2000-08-01(火)23:12
http://www5a.biglobe.ne.jp/~sl_page1/

私のトンネルの思い出といえば、登別から室蘭までC5738号牽引の客車に乗車した時のことです。
富浦の手前に数百メートルのトンネルがあるのですが、以外に煙が出ていたのか、全開のデッキにいた私は煙につつまれました。
こりゃたまらんとドアを閉めようとした時、列車はトンネルから飛び出しました。
急速に消えていく煙の代わりに入ってきたのが目の前の太平洋からの潮のかおり。
あのトンネルと煙はこのための演出だったのかと思わされました。
25年前の夏の思い出です。


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