今日も退院後の静養時間を利用して新しくUPしました。
去年の原型プレート走行の時のものです。見に来てください。
宣伝で失礼しました。
本日、北上線藤根駅にて SL銀河ドリーム号のチラシを貰ってきました。その際に駅長さんから、試運転日を確認したところ
6/20・21・23・24の4日間とのことでした。復活楽しみですね〜。
宣伝ですみませんが、03年のみなかみ物語を追加しました。今ごろ何を・・・。というところですが、どうか見てください。
磐東が終わり、C11の次は只見線ですか。川霧の季節になりますね。その次の左沢線で「山辺町」役場HPにて告知がありました。
http://www3.mmy.ne.jp/yarra/yamanobe/view.php?no=1152
「おいしい山形号」というのだそうですが、そのキャンペーンのキャラクター(ペロリン)を県内あちこちで見かけますが、ヘッドマークあれじゃないんだろうなとちょっぴり気になっています。
それと仙台支社HPでも仙台-最上間で陸東旧客の情報が載っていました。イラストのDE10が何となくC11に見える...。こんなに旧客走らせて大丈夫かと思いますが、昔の車両は重たくがっしりと作ってあるので何ともないのかも知れませんね。
それにしても有休と体が余分に欲しくなるな。
パレオくんがんばれ様
お言葉を有難うございます。
本当にグッドタイミングでした。今年の夏も撮るぞっと!
みっちゃ様
>情報有難うございました(これを読むのは退院後ですか?)
まさにそうなりました。退院後にやっと読ませてもらいました。
ご心配をおかけしました。
田駄さん、DF50さん、ありがとうございました。
あれから私なりに情報を収集してみましたが、ラサ工業の60年代の
試運転は、その後のイベント列車運行に先立ってのものだと思うのが
自然のようです。1980年代のSLの運行記録ひょっとするとラサ
工業に残っているのではということで、株でも買って、その上で総務部に
紹介状を書いてもらおうかと思っています。
どうやら鐵原コークスが最後という線で間違いがないようですね。
番外編としては西武山口線とうところでしょうか(イベント列車では
ありますが、常時乗車可能でしたし、SL廃止後通勤路線化されて
いますので、わざわざSL運行を取りやめた後の姿にはふさわしい
(!?)ですから)。
このような議論にお付き合いいただきありがとうございました。
毎度、宣伝で恐縮ですm(_)m
表題の件、皆様速報に負けまいと対抗上動画のみですがupしてみました。静止画はゲージツ的画像ではないのいでゆっくり週末にでもと(^_^)
それにしても午後は暗かった。
お帰りなさいませ、C58の加減弁さま。
退院おめでとうございます。パレオも復活きまりましたし、良いタイミングでしたね。
ビデオ撮影しているタケムラです。
春の磐越路、拝見致しました。
直接貴サイトへメールしようとしましたが不可(私のPCが古いのかも)
でしたので、この掲示板をお借りしました。
いつもながらの魅せられる絵と経験に基づいたアングルには感服致しま
した。
「新緑を走る」・・・単なる流しではなく、視点を絞ったアングル・技量は
さすがです。ビデオでは流しは撮れません。もっとも、C57が200
キロくらい出してくれれば別ですが?!
「新緑の発車」・・・白背景の中、黒と緑のコントラスト、右側からの撮影。
予想しないで撮れるものではありませんね。
「水ぬるむ頃」・・・これはもうコメントなしです!!
私もこれと同じようなシーンを今年狙いましたが、棒掛山の残雪はほとん
なく、煙もスカでした。
「山村の田植」・・・バックの民家半分、C57もキャブまで。普通なら
すべて入れるところを、ポイントを絞った構図が、田植えの老夫婦を引き
立たせています。
ビデオならこの構図でC57がフレームイン、そしてすぐズームで引くと
いった感じになりますか。
「川霧」・・・先日の川霧ですね。川霧の柔らかさ・ホワホワ感が出ており、
何よりも左側からの光線が川霧を立体的にしています。いい雰囲気です。
この日の上りは、咲花で撮影後川沿いを通らず川吉Sカーブへ向かい、
偶然にも空転通過を撮影できました。
「夕暮れ」・・・暗めの感じが太陽の輪郭の広がり、C57を逆に輝かせて
います。美しいです。
この日は、編成全体のギラリの中、長〜い汽笛を残して去るC57が
印象的でした。それにしても、風がピタリと止み、写り込みセーフ
でした。
※「新緑の発車」「夕暮れ」は、同じ日の同じ場所での撮影でした。
室蘭の鐵原コークス専用線のS205とS304(現三笠鉄道村)が1982年12月末まで使用されていました.
DL化後は予備機となり1986年7月末にはS205が公開運転されています.この年に専用線自体が廃止されています.
ラサ工業のC108は1986年11月までは予備機として籍がありましたが、運転実績は1970年代までだと思います.そもそもC108はもう1両いたC11247の予備機で、そのC11が廃車DL化(DD16と同型機)された後もそのまま予備機で残っていたものです.(昭和60年代運転説には否定材料がありませんが)
「東洋活性白土」の廃止は1982年10月(10月10日に公開運転)ですので最後の現役蒸気機関車の運転は今まで言われてきたように「鐵原コークス」ということになると思います.
しかし完全現役時代、予備機時代とも最終日時が近接しています.公開運転日が最終日とは限らないので、本当の運転実績としては微妙なものがありますね.この辺正確なところを知りたければ、現地関係者の聞き込み調査等が必要になるでしょう.