本日30日(日)も上越線へ出かけて来ました。今日は一転して雪。
時折吹雪くことはありましたが、思っていたほど荒れませんでした。
下りは諏訪峡手前の直線で 白煙 諏訪峡へはモクモクと上がって行きました。
上りは昨日と同じく水上の到着・連結・出発を反対側のホームから。
大雪のため約30分遅れで到着。 ロクヨンの前面下部・足回りは雪がこびり
ついている。停車時間を割愛しすぐ出発の様子。その時下り列車が到着。
見事にかぶってしまいました。そして出発の汽笛。すぐ115系は消えたので
、何とか後追い気味から狙うことができました。水上は約15分遅れの出発。
その後、渋川で夕暮れ出発を後追いで撮影後撤収となりました。
帰宅後、この水上での被りシーンを確認したところ、結構面白い絵が撮れて
おり、115系との貴重な?映像になっていました。
仙台支社のサイトで発表になっていました。
www.jreast.co.jp/tohoku/news/index.html
今年はチラシのデザインがやや渋いです。
同じところに583系の情報も載っています。ヘッドマークがありませんが。
先週の22・23日で行ってきました。
釧路というと費用がかかると思われがちですが、出張ビジネスパック
のようなパックツアーだと往復飛行機+ホテル1泊で東京からでも1万6千円です。
帰りの羽田では手荷物預かりのターンテーブルは三脚ばかりで
同業者の多さを物語っていて笑えます。
下りは、渋川〜敷島のアウトカーブで撮影しました。
午前8時頃到着したのですが、あまりの人の少なさに唖然としました。
中には、D51+EF64であることを知らないで三脚を立てている人もいました。
天気は晴れでしたが、榛名山はややかすんでいました。
また、11時近くになっても北風が吹いていましたので、
インカーブに陣取っていた皆さんは、
いつものごとく煙をかぶりながらの撮影になってしまったでしょうか。利根川第一鉄橋を渡った後のD51+EF64は、
灰色がかった煙をたくさん後ろに吐きながら
目の前を力強く通過していきました。
上りは、三角屋近くの上り線の土手にへばりついて撮影しました。
天気は曇りで、空全体が厚い雲に覆われていたので、
撮影をするには厳しい条件でした。
D51+EF64は、いかにもゆっくりとしたスピードで鉄橋を渡り終えて、渋川駅方面に去っていきました。
EF64の足回りや通過音の力強さがとても強く印象に残りました。
撮影後、下りを諏訪峡で撮影したという人と立ち話をしました。
諏訪峡はそこそこの人出だったそうです。
汽笛も鳴らさないでいきなり現れたので、ビデオは撮り損ねたそうです。
天気は晴れなので、機関車は真っ黒につぶれたのではないかと言っていました。
おかげさまで、1万アクセスを達成いたしましたので、お待たせしていた米坂線の9600のテレシネ動画をアップいたしました。
カラーですが(MPEG1ファイル)サイレントなので、雰囲気は今ひとつです。お暇な時にでもご笑観ください、撮影は1970年です。
宣伝モード、お許し下さい。
本日29日(土)、上越線へ出かけて来ました。訓練運転が多かった為か、
煤けたままのD51は渋かったです。ヘッドマーク付
午前中は晴れ、午後は曇りで、暖かな1日。風もほとんどなく、整った煙を
吐くD51を撮影することができたのではないでしょうか。
下りは後閑出発 爆黒煙吹き上げ、水上出発 EF64 1001
後閑から水上へ行く途中、上牧・諏訪峡入り口あたりで、黒煙が漂って
いたので、モクモクと走って行ったようです。
上りは水上到着・連結・出発をホームから モクモクと去って行きました。
こんばんは。
宣伝モードで恐縮します。
第3只見川橋梁のスライドショーをUPしました。
ご覧いただければ幸いです。
また、6月のSL会津只見号の動画と通過音を1本づつUPしています。
併せてお立ち寄りいただければと思います。
>>古本屋さん
1.のつばさ51号のルポは旅と鉄道’77年夏の号 No24 特集汽車旅讃歌 に掲載されています。
1つは、旅と鉄道 No.24 1977 夏の号「ヘッドマークも誇らしくつばさ51号快走」です。
この場をお借りしてすみません。
以下の雑誌を探しています。
何年の何号なのかご存知の方、是非教えてください。
1.旅と鉄道
1978年頃だったと思います。
当時走っていた「つばさ51号」(14系客車)の取材で
ヘッドマークを付けて走ったことが載っていました。
上野-黒磯間はノンストップでした。
2.鉄道ジャーナル
1982年か1983年頃だったと思います。
汐留-大阪間の荷物列車の取材です。確かライターは
種村直樹氏だったと思います。
ご存知の方、お願いします。