室蘭線の最後の貨物が話題になっているところで、もうひとつおまけで留萌線のD61はいつなくなったんでしょうか。RJ誌S51年4月増刊号によるとS49年末となっていますが、本当にこんな中途半端な時期にDL化したのでしょうか。
昭和五十年十二月二十四日、夕張からの石炭列車の出発の様子を学生寮のテレビニュースで見てたのを思い出しました。当時は高校生でしたが、全寮制だったので、さぼって現地へ行く事ができませんでした。
9/28(日)新庄→酒田が1枚あります。(2号車B席)
どなたか酒田発上りと交換して下さいませんか?
よろしくお願いします。
こんばんわ、燕号です。
ご指摘頂きました「5788レ(これは私の記入ミスで正しくは6788レ)」ですが、当時のダイヤ等で確認しました処、ご指摘通り「追分」となっており、又、当時の新聞のスクラップを見てみましたがやはり追分となっておりました。お詫び致します。
前回の内容は、94レイルマガジン増刊「日本の蒸気機関車」の中にサヨナラ運転の一覧があり、そこから引用しました。他にも探して見ましたがサヨナラ運転の運転日迄を記した資料は私の手元には有りませんでした。
私自身、もうこの時点では、北海道の最後の蒸機を傍観してたに過ぎませんでした。しかし、考えてみると最後の蒸機旅客列車、室蘭本線客225レ(C57135)と最後の本線蒸機、夕張線の6788レ(D51241)は騒がれましたけれど、あれ程の蒸機列車の本数を誇った室蘭本線の貨物の最後は、そう言えばどんなのだったのでしょうか? 記憶に有りません、記事にもありません、気になりますですネ、ヤハリ、今更ながら。
は、追分でD51241の牽引は終わりだったんではないでしょうか。
確か室蘭までは行っていないと思います。
「蒸気機関車の最後」廣田さんの写真・・「けっあの室本だろ〜」なんて言っていた人が居ましたが、撮り尽くされたと言われた平々凡々なあの線で、あんな素晴らしい写真を終わりの一週間で撮るとは・・
本当に、あの時にはまさしく廣田さんには「神」が降臨していたとしか思えない気がしました。
機関区の裏庭の犬、志文の鉄(ダイヤ情報を見てました・・へへ)とか、最終列車の機関士の顔とか、カマ以外の写真がこれまた素晴らしすぎます。また文章に泣けました。 「あなたは 聖火ランナーだ」と、少々くさくても響いてしまうのは廣田さんならではですね。
レイアウトで小さく墨一色に乗った9600の後姿に涙しました。
あ〜思い出しただけで又涙がじんわりと・・もうだめだ。皆さんお休みなさい・・
いつも楽しく拝見させていただいております。
さて、来る8月31日(日)に、青森県鰺ヶ沢町役場の裏にある蒸気機関車「48640号」の清掃奉仕活動を行うようです。主催は五能線にSL復活運動を行っている「五能線にSL(8630)を復活させる会」です。
※直前のお知らせになってしまいましたが、普段では体験できないSLの清掃に興味がある方は参加してみてはいかがでしょうか。
詳しくは↓
http://www8.ocn.ne.jp/~sl8630/
ジャーナル誌の別冊はどうしても欲しいです。廣田プロの写真が素晴らしく、まさに最後を飾るにふさわしい本です。(古書店でいくらするんだろう?)
蒸機が本線から消滅する前に大規模なストライキがあったと記憶しています。本当はストが解決して蒸機が消えたのです。そんなことでバタバタと消えていってしまったので「サヨナラ運転」としてマークを付けて走ったのは室蘭本線のC57135くらいではなかったでしょうか。
こんばんわ、ご無沙汰しております、燕号です。
サヨナラ運転に関してですが、最後の6線区と云うのは「夕張線、幌内線、室蘭本線、函館本線、歌志内線、根室本線」でしょうか?
この6線区についてざっと調べてみましたが
夕張線、室蘭本線 75/12/24 5788レ 夕張-追分-室蘭
歌志内線 75/12 詳細不明
函館本線 75/11 詳細不明
幌内線 75/12/8
根室本線 75/11 詳細不明
と云う情けない内容でした。まあ、無いよりマシと云う事でご勘弁を……。
こんにちは。今日の朝日新聞夕刊を読んでいて残念なニュースがありました。一部不通となっている大井川鉄道でまた土砂崩れが発生したとのこと。幸い人的被害はなかったようですが、再開通の遅れが懸念されます。どなたか詳しい情報をお知らせいただけるとありがたいです。
今年の夏休みはいまいちお天気に恵まれなかったようですが
夏休みの駆け込み思い出&宿題追い込みの時期のようで
うちのお店も今月一番の忙しさでした(^-^)。
鹿瀬町さんからの月刊分も頂戴しました。
夏気分バッチリありがとうなのです。