いつもお世話になっております。
「会津のSLの部屋」です。
毎度の宣伝ですみませんが、弊サイトで
SL義経号最後の2日間のデジカメ撮影分、
3日間の銀塩撮影分をアップしました。
内訳は
陸羽東線 25枚追加
沿線の風景 1枚追加
沿線の便利な場所 1箇所追加
です。
お暇な時にでもご覧ください。
皆様が撮影された写真を見るのもとても楽しみです(^^)
林正彦様、有難うございました。
昨年度より山口線のC571は集煙装置を外したりHM無になったり
「ばんえつ物語」に負けじと意気込みが感じられて嬉しいです。
やはりC57なので集煙装置は無い方がカッコイイですよ。
7月の重連運転時も集煙装置を外しており、サマになってました。
いつも轍楽之路をご覧いただきありがとうございます.
以下2点のコンテンツをアップしました.いずれも懐かしく感じられる方が多いかと思います.今回もよろしくお願いいたします.
・「川越線9600」を旅客列車とファイナル・ランなどの写真で構成しました.
以前よりの再掲写真もありますが懐かしい関東のキューロクをご覧下さい.
・1971.3に全廃となった「神戸市電」をまとめてみました.
廃止10日前、神戸駅前の定点で数時間粘った成果と、1964.8 東尻池付近
で撮影したカットを並べています.当時の情景風俗、クルマなどと共にご覧
下さい.
http://tadayusaku.3.pro.tok2.com/
いつも宣伝の場をご提供いただきありがとうございます.
C6217様、こんばんは
本日、鉄道ファン誌の中に煙を護る〜SLやまぐち号”・激闘の25年〜という記事が掲載されていました。その中で、山口鉄道部 田丸部長が仰っている言葉が載っていましたが、「C571が最も貴婦人らしい姿をお見せできる良いタイミングである」とのことでした。10月の連休だそうです。ご参考になれば、ちなみに116頁です。ご参考まで。
久々に書き込みさせて頂きます。
私も、日曜日出撃して来ました。
一発目は、中山平〜鳴子温泉間の短いトンネルの入り口を・・・もちろん煙は無し。(下り勾配のため、のっけから承知のうえ)
二発目は、こけし館にて・・・S字の入り口まで煙あるもの、一時無煙になりS字出口で白煙が少し上がり以後無煙になり、D51の力強い走りを見ました。まるで、4両の客車ではまだまだ余裕とでも言っているかのようでした。
煙が少なかったのは少し残念でしたが、旧客を牽くD51の姿を始めて見れたのでとても新鮮でした。今回こういったイベントを開催して頂きJR東日本に感謝、感謝ですね。
でも、蒸気機関車の煙についてなんですが、機関車(ボイラー)のことを考えるとやはり不完全燃焼の上での煙ですので、そうするとボイラー内のススが管にこびり付き熱伝導を悪くし・・・・良い事はあまりないようです。スカは残念ですが、それだけ機関士の腕の良さ、機関車を労わる気持ちが伝わります。末永く、いつまでも走り続けて欲しいですしね。
最後にNo1560のタカシ様。さぞ無念の事でしょう。
ヘリコプター出現で撃沈・・・・むごすぎる。
某放送局でその映像を放送していました。
私も危うくこけし館で、線路脇の二人の記念撮影を行う所でした。
「君たちは完全に包囲されているっ〜」の盛大なアナウスが聞こえたのかその場から退場して頂きましたが。
それにしても、列車が来る直前になって後から来たにもかかわらず、人のファインダー内に入るのは勘弁して欲しいですね。
長々と失礼しました。
初めて投稿させて頂きます。C6217と申します。
昨年の10月11〜13日間のC571は集煙装置とHMを
外したそうですが、今年の10月9〜11日間も、昨年同様
集煙装置とHM外してくれるのでしょうか?
久々に蒸気機関車の撮影に行って来ました。もちろん陸羽東線のD51です。これまた久々にホームページも更新しましたので、お暇なときにでも見ていただければと思います。
今回の撮影で、地元の方の庭に車を置かせていただこうと声を掛けたのですが、庭にテーブルを出して、手作りのお菓子にコーヒー、帰りの列車が来るまでの4時間話の相手をしていただきました。なんでも撮影の人が来るかな?と、駐車スペースの草や線路脇の草を刈ってくださっていたとか・・・本当にありがたい話です。もちろん汽車が来るときには家族の方と並んで撮影。楽しい時間を過ごさせてもらいました。こんな機会を作っていただいた地元自治体にも、JRにも感謝です。
ところで、9月16日に西大崎付近の丘の上で「マイク用の3ピンキャノンコネクターとミニステレオジャックを変換するケーブル」を拾いました。お心あたりの方はメールをください。
陸東終わってしまいましたね
沿線では色々と問題があったようですが一応無事終わって安心しました
14年前の498が強烈すぎたのか今回皆さんが言ってるようにいまいちな煙でした、最後の列車に乗るまでは不満もありました。
乗ってみて、会津のけむりさまが書いていることも感じましたし
冷房の無い車内窓を開けて乗る旧客でその不満もなくなりました
デシカメ分アップしました、見て頂いて少し分かってもらえたらなあと思います〜
三脚の並ぶ撮影ポイントのそばに行くとあいさつがわりに必ず昨日はスカだったあそこは爆煙だったといった会話を耳にしますが今朝、開店前のパチンコ屋の前に並んでいた連中が昨日は何番台は200回まわしても
当たりがこなかったとかあそこの台は確変5レンチャンだったという会話をきいてD51はこんなふうに見られながら走っていると思うとすこしかわいそうになりました。
現役の頃は上り勾配=爆煙が常識だったかもしれませんが今は当時の
石炭とは産地も質も違うと思います。またJR各駅にあるSLのポスターや
パンフレットの写真もフツーの走行写真にするか、この煙はかならずしも・・・といったただし書きを入れれば煙に対するクレームはだいぶ
なくなるのではないでしょうか。
今回、煙に対するカキコに比べ走ることに対する感謝、ありがたみのカキコの少なさ、JR東日本さん来年の運行はすこし考えたほうがいいと思います。
D51さん、運転士さん、無理して走らなくてもいいですよ。
いろんな鉄の批判覚悟の上で長文失礼しました。
稲穂が黄金色に輝く磐越路に出かけました。
今では稲刈りといってもコンバインで刈っていくのがあたり前なのですが、手で刈る昔ながら稲刈り風景も機械が入れない山間部の棚田には残っております。
毎年狙っていたカットにやっとめぐりあえました、鹿瀬町の線路端の棚田で!
C57が通過する直前に、作業中のおばさんがふっと起き上がり鎌を持ったまま手を振ったのです。軍手をはめた機関士さんも手を上げて応えます。
こんな絵に描いたような情景を狙いどうりに撮影出来て満足の1日でした。
煙論争に一言。
稲刈りの頃、沿線には乾燥した燃えやすいワラがいっぱいあります。
SLの機関士さんは、火の粉を出さないように完全燃焼を心がけるようです。