■ d51 > D51951938-03-29/火 汽車製造大阪 NO.1564 新製 配属 新潟局 配置 松本区(着 4/4) 使用開始 1944-09-26/火 松本区→秋田区(履歴簿によるが、6/26付けの記載ミス? 本機の履歴簿は新製配置から'44/9の移動まで移動欄に検査等一切の記載がなく何らかの理由で'44/9までにオリジナルが紛失したため新規に作成したと思われる) 1944-09-29/金 借入 酒田区 1944-11-22/水 返却 秋田区 1945-06-29/金 借入 長野区上田支区 返却せず 1945-12-20/木 秋田区→松本区(実機は長野区上田支区から横移動) 1946-12-25/水 長野工機部 一般修繕 入場 1947-01-15/水 長野工機部 一般修繕 出場 1947-12-14/日 長野工機部 局部修繕(六検) 入場 1947-12-20/土 長野工機部 局部修繕(六検) 出場 1948-01-08/木 長野工機部 臨時修繕 入場 1948-01-11/日 長野工機部 臨時修繕 出場 1948-07-02/金 長野工機部 臨時修繕 入場 1948-07-05/月 長野工機部 臨時修繕 出場 1949-05-27/金 長野工機部 局部修繕 入場 1949-05-31/火 長野工機部 局部修繕 出場 1949-12-01/木 長野工機部 甲修繕 入場 1949-12-11/日 長野工機部 甲修繕 出場 1950-04-01/土 現在 松本区 1950-06-02/金 長野工機部 丙修繕 入場 1950-06-09/金 長野工機部 丙修繕 出場 1950-12-01/金 長野工場 乙修繕 入場 1950-12-08/金 長野工場 乙修繕 出場 1951-06-22/金 長野工場 丙修繕 入場 1951-06-30/土 長野工場 丙修繕 出場 1952-01-13/日 長野工場 乙修繕 入場 1952-01-23/水 長野工場 乙修繕 出場 1952-08-11/月 長野工場 丙修繕 入場 1952-08-18/月 長野工場 丙修繕 出場 1953-02-23/月 長野工場 甲修繕 入場 重油併燃装置(680ℓ)取付 1953-03-06/金 長野工場 甲修繕 出場 1953-09-25/金 長野工場 丙修繕 入場 1953-10-02/金 長野工場 丙修繕 出場 1954-02-26/金 松本区→長野区(2/28?) 1954-04-01/木 長野工場 乙修繕 入場 1954-04-07/水 長野工場 乙修繕 出場 1954-11-27/土 長野工場 丙修繕 入場 1954-12-02/木 長野工場 丙修繕 出場 1955-05-31/火 長野工場 乙修繕 入場 1955-06-06/月 長野工場 乙修繕 出場 1955-12-23/金 長野工場 丙修繕 入場 1955-12-27/火 長野工場 丙修繕 出場 1956-05-07/月 長野工場 甲修繕 入場 1956-05-15/火 長野工場 甲修繕 出場 1956-12-10/月 長野工場 丙修繕 入場 1956-12-13/木 長野工場 丙修繕 出場 1957-02-23/土 長野工場 臨時修繕 入場 1957-02-25/月 長野工場 臨時修繕 出場(履歴簿には 2/5付けとあるが記載ミスと思われる) 1957-06-14/金 長野工場 乙修繕 入場 1957-06-19/水 長野工場 乙修繕 出場 1957-12-05/木 長野工場 丙修繕 入場 1957-12-10/火 長野工場 丙修繕 出場 1958-05-24/土 長野工場 乙修繕 入場 1958-05-30/金 長野工場 乙修繕 出場 1958-11-21/金 長野工場 丙修繕 入場 1958-11-26/水 長野工場 丙修繕 出場 1959-05-07/木 長野工場 甲修繕 入場 長工式デフ(N-2型)取付 1959-05-15/金 長野工場 甲修繕 出場 1959-12-09/水 長野工場 丙修繕 入場 1959-12-15/火 長野工場 丙修繕 出場 1960-04-01/金 現在 長野区 1960-06-17/金 長野工場 乙修繕 入場 1960-06-23/木 長野工場 乙修繕 出場 1961-01-13/金 長野工場 丙修繕 入場 旋回窓取付 1961-01-21/土 長野工場 丙修繕 出場 1961-07-04/火 長野工場 乙修繕 入場 1961-07-10/月 長野工場 乙修繕 出場 1962-08-13/月 長野工場 甲修繕 入場 1962-08-26/日 長野工場 甲修繕 出場 1963-03-16/土 長野工場 丙修繕 入場 1963-03-22/金 長野工場 丙修繕 出場 1963-11-11/月 長野工場 乙修繕 入場 1963-11-16/土 長野工場 乙修繕 出場 1964-08-12/水 長野工場 丙修繕 入場 1964-08-18/火 長野工場 丙修繕 出場 1965-04-01/木 長野工場 乙修繕 入場 1965-04-06/火 長野工場 乙修繕 出場 1965-06-30/水 長野区→新得区(着 7/4)(鉄道ピクトリアル vol.177の車両のうごき及び某資料には池田区に移動とあるが借入と思われる) 1965-08-01/日 返却 新得区(某資料には池田区から移動とあるが、わずか数日で再移動は滅多にないので、池田区に貸渡 その後 返却した等の見誤りと思われる ちなみに履歴簿には7/4付けで新得区に着、さらに8/1付けでも改めて新得区に着とある) 1965-08-11/水 新得区→釧路工場(着 8/12) 495レにて発送 臨時修繕 入場 耐寒工事施工・長工式デフ取外し(ステーのみ継続)、標準デフと交換 1965-08-17/火 釧路工場→新得区(着 8/18) 臨時修繕 出場 496レにて返送 1965-11-30/火 釧路工場 丙修繕 入場 1965-12-05/日 釧路工場 丙修繕 出場 1966-07-11/月 釧路工場 甲修繕 入場 1966-07-22/金 釧路工場 甲修繕 出場 根室本線新得-落合間の狩勝越えは同年10/1付けで新線に移行し、新得区の機能は大幅に縮小したが旧線を使用した各種試験や一部貨物の補機仕業・入換用に引続き存続したと思われる 1967-03-09/木 釧路工場 臨時修繕 入場 1967-03-10/金 釧路工場 臨時修繕 出場 1967-05-13/土 釧路工場 中検A 入場 1967-05-18/木 釧路工場 中検A 出場 1968-02-25/日 釧路工場 中検B 入場 1968-03-02/土 釧路工場 中検B 出場 1968-03-03/日 新得区→滝川区(鉄道ピクトリアルには釧路区から移動とあるが誤り) 新得区最終在籍SL 1968-04-11/木 苗穂工場 臨時修繕 入場 電化対策工事実施 前照灯副灯取付 1968-12-03/火 苗穂工場 中検A 入場 この頃 煙突付近の流線カバー一部切欠・北海道仕様切り詰めデフ実施 正確な時期不明 1968-12-11/水 苗穂工場 中検A 出場 1969-08-26/火 苗穂工場 中検B 入場 踏段改造工事実施 1969-09-01/月 苗穂工場 中検B 出場 1970-07-09/木 苗穂工場 全検 入場 1970-07-19/日 苗穂工場 全検 出場 1971-06-15/火 苗穂工場 中検A 入場 1971-06-19/土 苗穂工場 中検A 出場 1972-03-26/日 苗穂工場 中検B 入場 1972-03-31/金 苗穂工場 中検B 出場 1973-03-07/水 苗穂工場 中検A 入場 1973-03-14/水 苗穂工場 中検A 出場 1974-01 第二種休車指定 滝川区 1974-03-31/日 同日現在 配置 滝川 1974-03-31/日 現在 第二種休車継続中 滝川区 1974-04-03/水 歌志内線 焼山-文殊間で走行確認。 1974-05-15/水 廃車(滝川区) 走行距離 2,618,893.3km 廃車時残存価額 33,222,000円 1974-09-07/土 釧路鉄道管理局長と新得町長との間で無償貸与契約締結 1974-10 新得町新得スキー場入口(旧線跡)に屋根付きで保存 重油併燃装置取外し済 2015-07 現在 新得スキー場入口(旧線跡)(通称「SL公園」)に屋根付きで定期的整備をうけつつ保存継続中 国鉄新得区OB組織の親睦団体「新得機友会」が整備を実施(本機は新得区で狩勝越えに約3年使用実績あり縁ある地元で保存されたラッキーなカマ)・保存状態は極良(部品に多少欠損あり・ケレン処理が必要) OB高齢化による後継者確保が難題