■ d51 > D518281943-07-07/水 浜松工機部NO.78 新製 配属 名古屋局 配置 米原区(着 7/9) 1945-12-25/火 米原区→岡山区(着 12/26) 達77号(達は'46/2/18付け) 1946-01-14/月 岡山区→米原区 1946-03-16/土 米原区→岡山区 1946-12-13/金 00:58頃、山陽本線姫路第一区6番線から本機が数分前に95レの牽引機として停留時に連結していたC5143を解結して出区した直後に、残されたC5143が無人のまま自然退行を開始 上り4番線から西へ1500m逸走した後に第11号転轍器可動轍叉部で全軸脱線(炭水車も2軸脱線)する事故発生 原因は機関士席で仮眠した機関助士が降車の際に不用意に加減弁に触れて開弁したため(某資料は局報の誤植D5182をそのまま記載しているが本機番の誤り) 1948-11-25/木 岡山区→旭川区(着 12/5) 達26号(達は'49/1/19付け) その後 耐寒工事施工 時期不明 1950-11-09/木 苗穂工場 甲修繕 入場 戦時形装備の改装工事 1950-11-18/土 苗穂工場 甲修繕 出場 1954-04-01/木 現在 旭川区 その後 ボイラーを新缶に交換 時期不明 1959-03-20/金 第一種休車指定 旭川区 1959-04-01/水 現在 第一種休車継続中 旭川区 その後 第一種休車指定解除 時期不明 1960-05-20/金 旭川区→深川区 1960-07-08/金 深川区→旭川区 1963-04-01/月 現在 旭川区 この頃 キャブ密閉化 正確な時期不明 1964-04-01/水 現在 深川区 1969-03-31/月 現在 深川区 その後 前照灯副灯取付 時期不明 1974-03-31/日 同日現在 配置 旭川 1974-12-23/月 旭川区→遠軽区 1975-03-31/月 同日現在 配置 遠軽 1975-04-09/水 遠軽区→追分区(鉄道ピクトリアルには岩見沢第一区から移動とあるが誤り) 1976-03-19/金 廃車(追分区) 形式最終廃車機の1輌(梅小路区の動態保存機D511とD51200を除く) 1978-12-01/金 現在 高松市民家博物館四国村にて保存(貸与契約詳細不明) 1984-07-03/火 淡路島にある平和観音寺交通博物館敷地に移設保存(宗教法人ではなく単なる観光目的の当時世界最大と話題を呼んだ高さ100mの観音様の付属施設だった模様 ただし本機は露天に保存) 移設の詳細な経緯は不明だが、高松市が国鉄との賃貸契約を解消した際に、個人が国鉄から購入したものと思われる(淡路島の行政はノータッチ) 2006-02-26/日 平和観音寺閉館(大観音像の内部にオーナーのコレクションを展示した美術館・博物館や展望台がはいり、最盛時には日に2000人もの観光客が訪れたというが、1988にオーナーが死去、夫人が引き継ぐも2006にこれまた死去 遺族は相続放棄で施設の処分が宙に浮く) 四国霊場・水子供養などと入口に大仰な掲示がされていたが、己にはご利益がなかった 敷地内には十重の塔や五百羅漢像、自由の女神像なども建立 その後 観音像その他施設のみならず本機の管理もケオスとなり放置され塩害により劣化激しい 部品盗難やスプレー落書きなども 2008-09 債権を引き継いだリーマンブラザーズ系の金融機関が世界金融危機の影響で倒産、さらにその債権者も雲隠れ 管財人により立ち入り禁止となる 2009-05 建物が老朽化して倒壊の恐れがあるため、行政として放置できず調査委員会が発足 2011-09 淡路市による内部調査と入口封鎖および十重の塔の銅葺き板の飛散防止処理を実施 2014-04 現在 平和観音寺跡地に鉄くずの廃墟と化したまま留置され保存説明の石碑のみ健在 保存状態はワースト3に入る 個人保存の典型的な末路 2017-03 残念ながら遂に人知れず解体された模様 個人保存・所蔵物件として最悪の結果となった例