■ d51 > D51321937-01-26/火 川崎車輌兵庫NO.1786(現車製番による 某資料にはオリジナルNO.1748とあるが?) 新製 配属 大阪局 配置 鷹取区(着 1/28) 使用開始 1937-04 この頃 鷹取区にて撮られた写真が「国鉄蒸気機関車小史」に掲載あり 正確な時期不明 1940-10-08/火 鷹取区→姫路区 1944-12-31/日 姫路区→区名不明(仙台局管内) 達42号(達は'45/1/17付け) 1945-04-10/火 区名不明(仙台局管内)→郡山区 1945-08-22/水 *12:07頃、肥薩線吉松-実幸間を806レ(逆D51227+客車5輌+代用客車(無蓋貨車)8輌+当該機)の後補機として吉松120分程度延発にて走行中に、大量に乗り込んだ復員兵(薩摩大口に配置されていた第146師団歩兵連隊兵と思われる)(キャブにまで15人が無理やり乗り込んだ)による重量超過のため急勾配の第2山神トンネル内で立往生する事故発生 その後 退行しトンネル外に出たものの煙と熱により死者49(53?)・負傷20(*吉松区が鳥栖区吉塚支区から借入? 台湾向けD5130の可能性も否定できない) 1947-01-01/水 *現在 特別休車 吉塚区(*某資料には'46/12/31現在 亀山区とあるが?)(*当該機は台湾総督府鉄道部向け日立製作所笠戸NO.1678(仮番D5132→D511166)が、戦局悪化のため制海権を失い発送不能となり、やむなく国内で使用したもので本機とは別機 '47年初めに台湾向け発送されるまでの期間、同番異機が存在したもの、つまりオリジナル機はこの時期ずっと郡山区に配置 誤解を避けるためあえて記載) 1950-01-21/土 郡山区→福島第一区 1954-04-17/土 07:03頃、東北本線金谷川構内に貨151レ(D50320+本機+現車49輌)の本務機として進入した際に、前補機が踏切内にオート三輪がバックで立ち入るのを発見し非常制動をかけるが間に合わず衝突のうえ約41m巻き込みながら進行したところポイントレバーに接触しポイント転換の影響で機関車2輌以外に貨車8輌も脱線転覆する事故発生 死者2負傷4 1955-08-01/月 現在 福島第一区 1959-12-25/金 福島第一区→福島区(統合) 1960-02-20/土 借入 郡山区 1960-03-01/火 返却 福島区 1961-04-15/土 福島区→長町区 1963-02-03/日 郡山工場 重油併燃装置(1500ℓ)取付 この頃 旋回窓取付・前照灯副灯取付 正確な時期不明 1963-02-15/金 借入 福島区 1963-02-24/日 返却 長町区 1963-02-27/水 借入 福島区 1963-02-28/木 返却 長町区 1965-01-29/金 借入 福島区 1965-02-12/金 返却 長町区 1967-10-07/土 長町区→大館区 1968-11-28/木 廃車(大館区) 形式入りナンプレ