■ d51 > D512381939-02-18/土 苗穂工場 NO.02 新製 配属 東京局 配置 山北区(着 2/27) 使用開始 1943-05-14/金 山北区→新鶴見区(山北区在籍時の走行距離 312,109.7km) 山北区最終在籍SLの1輌(山北区は'43/5/15付けで廃止) 1949-07-01/金 現在 新鶴見区 1954-11-01/月 借入 水戸区 返却せず 1955-01 第一種休車(保留車)指定 水戸区(借入先)(借入先で休車(保留車)指定になるのは本来の借入機の使用目的からすると異例だが、この時期 既に新鶴見区では不要かつ転出が決定していたために転出するまで借入先で休車指定になったと思われる) 1955-03-01/火 新鶴見区→高崎第一区(実機は水戸区から横移動) 達195号(新鶴見区在籍時の走行距離 456,193.2km) 1959-04-01/水 現在 高崎第一区 1963-10-06/日 高崎第一区→磐西線管理所 達370号(達は'64/7/15付け)(高崎第一区在籍時の走行距離 438,824.4km) その後 前照灯副灯取付・デフ検査窓切取り・重油併燃装置(3000ℓ)取付 いずれも時期不明 1967-06-05/月 磐西線管理所→会津若松運転区(組織統合) 1970-08-13/木 郡山工場 全検 1972-05-04/木 長野工場 中検B 1972-09-30/土 磐越西線SL最終運用 定貨267レ牽引 会津若松ー新津間(翌日の266レ新津ー会津若松間はDL?) 1972-10-08/日 会津若松運転区→中津川区 その後 長工式集煙装置取付 時期不明(会津若松運転区在籍時の走行距離 613,473.5km) 1973-07-20/金 廃車(中津川区) 走行距離 1,844,543.4km(中津川区在籍時の走行距離 23,942.6km) 1973-11-27/火 長野鉄道管理局長と長野県木祖村長との間で無償貸与契約締結 1973-12-07/金 木祖村村民センターにて保存 長工式集煙装置・副灯ともに取外し済 2015-04 現在 木祖村村民センターに屋根付き(地元の木曾ヒノキによるかなり立派なもの)で定期的整備をうけつつ保存継続中 キャブ内立入り自由だが計器類の欠損なく保存状態は良 中央西線での運用はわずか半年程度に過ぎなかった割に大切に保存されている幸運なカマ