■ d51 > D5111936-03-22/日 川崎車輌兵庫NO.1643 新製 配属 名古屋局 配置 稲沢庫(某資料には敦賀庫とあるが誤り) 1936-04-16/木 稲沢庫→敦賀庫(「梅小路の90年史」には同日付け新製配置 敦賀庫とあるが誤り) 1936-09-01/火 敦賀庫→敦賀区(職制変更) 1937-09-11/土 浜松工場 局部修繕 入場 1937-09-16/木 浜松工場 局部修繕 出場 1937-12-25/土 浜松工場 局部修繕 入場 1937-12-30/木 浜松工場 局部修繕 出場 1938-01-16/日 敦賀区→稲沢区 1938-09-28/水 浜松工場 臨時局部修繕 入場 1938-09-29/木 浜松工場 臨時局部修繕 出場 1939-02-01/水 浜松工場 一般修繕 入場 1939-02-07/火 浜松工場 一般修繕 出場 1941-02-25/火 浜松工場 局部(六検)修繕 入場 1941-03-04/火 浜松工場 局部(六検)修繕 出場 1941-03-31/月 現在 稲沢区(某資料には'38/1/16付けで敦賀区→稲沢区とあるが別機番D513 or D514の見誤りと思われる) 1941-09-03/水 浜松工場 一般修繕 入場 1941-09-09/火 浜松工場 一般修繕 出場 1942-11-08/日 浜松工場 局部修繕 入場 1942-11-14/土 浜松工場 局部修繕 出場 1942-12-26/土 浜松工場 臨時局部修繕 入場 1942-12-27/日 浜松工場 臨時局部修繕 出場 1943-05-09/日 借入 米原区 1943-08-25/水 返却 稲沢区 1943-09-01/水 借入 米原区 1943-11-26/金 浜松工場 局部修繕 入場 1943-11-30/火 浜松工場 局部修繕 出場 1944-02-27/日 稲沢区 六検 入場 1944-03-04/土 稲沢区 六検 出場 1944-04-16/日 返却 稲沢区 1944-06-23/金 浜松工機部 一般修繕 入場 1944-06-29/木 浜松工機部 一般修繕 出場 1945-08-31/金 現在 稲沢区 1945-11-29/木 浜松工機部 局部修繕 入場 1945-12-29/土 浜松工機部 局部修繕 出場 1947-06-26/木 浜松工機部 一般修繕 入場 1947-07-05/土 浜松工機部 一般修繕 出場 1949-01-09/日 浜松工機部 局部修繕 入場 1949-01-15/土 浜松工機部 局部修繕 出場 1949-09-14/水 稲沢区→大垣区 1949-11-24/木 借入 稲沢区 1949-11-29/火 返却 大垣区 1950-01-03/火 浜松工機部 甲修繕 入場 1950-01-12/木 浜松工機部 甲修繕 出場 1950-05-13/土 大垣区→上諏訪区(着 5/14) この頃 炭水車交換 正確な時期不明 1950-08-04/金 長野工場 丙修繕 入場 1950-08-11/金 長野工場 丙修繕 出場 1951-03-06/火 長野工場 乙修繕 入場 1951-03-15/木 長野工場 乙修繕 出場 1951-09-25/火 長野工場 丙修繕 入場 1951-10-02/火 長野工場 丙修繕 出場 1952-03-31/月 長野工場 乙修繕 入場 1952-04-06/日 長野工場 乙修繕 出場 1952-11-04/火 長野工場 丙修繕 入場 1952-11-11/火 長野工場 丙修繕 出場 1953-04-24/金 長野工場 甲修繕 入場 1953-05-03/日 長野工場 甲修繕 出場 1953-12-14/月 長野工場 丙修繕 入場 1953-12-19/土 長野工場 丙修繕 出場 1954-04-01/木 現在 上諏訪区 1954-07-05/月 長野工場 乙修繕 入場 1954-07-13/火 長野工場 乙修繕 出場 1955-01-18/火 長野工場 丙修繕 入場 1955-01-23/日 長野工場 丙修繕 出場 1955-07-06/水 長野工場 乙修繕 入場 1955-07-13/水 長野工場 乙修繕 出場 1956-01-18/水 長野工場 丙修繕 入場 1956-01-24/火 長野工場 丙修繕 出場 1956-06-01/金 長野工場 甲修繕 入場 1956-06-13/水 長野工場 甲修繕 出場 1956-12-13/木 長野工場 丙修繕 入場 1956-12-20/木 長野工場 丙修繕 出場 1957-06-27/木 長野工場 乙修繕 入場 1957-07-03/水 長野工場 乙修繕 出場 1958-01-08/水 長野工場 甲修繕 入場 1958-01-17/金 長野工場 甲修繕 出場 1958-01-25/土 長野工場 重油併燃装置(1500ℓ)取付 1958-04-01/火 現在 上諏訪区 1958-09-26/金 長野工場 乙修繕 入場 1958-10-02/木 長野工場 乙修繕 出場 1960-03-11/金 長野工場 丙修繕 入場 1960-03-17/木 長野工場 丙修繕 出場 1961-02-04/土 長野工場 甲修繕 入場 1961-02-12/日 長野工場 甲修繕 出場 1962-01-08/月 長野工場 丙修繕 入場 1962-01-13/土 長野工場 丙修繕 出場 1962-06-23/土 上諏訪区→金沢区(着 6/24) 1962-10-11/木 松任工場 乙修繕 入場 1962-10-17/水 松任工場 乙修繕 出場 1963-07-24/水 松任工場 丙修繕 入場 1963-07-29/月 松任工場 丙修繕 出場 1964-03-14/土 松任工場 乙修繕 入場 1964-03-19/木 松任工場 乙修繕 出場 1964-07-01/水 金沢区→金沢運転所(組織変更) 1964-09-21/月 金沢運転所→盛岡区(着 9/22) 達47号(達は'65/2/16付け)(北陸本線金沢-富山操間交流電化による) その後 前照灯副灯取付・前照灯を試作シールドビーム(ミニタイプ3球)のものに交換 時期不明('66年頃と思われる) なお、その後 前照灯の試作型はLP403に変更 時期不明('67年頃と思われる) 1965-01-19/火 郡山工場 甲修繕 入場 1965-01-27/水 郡山工場 甲修繕 出場 1966-03-22/火 郡山工場 乙修繕 入場 1966-03-29/火 郡山工場 乙修繕 出場 1966-12-28/水 郡山工場 丙修繕 入場 1967-01-06/金 郡山工場 丙修繕 出場 1967-09-11/月 郡山工場 中検B 入場 1967-09-18/月 郡山工場 中検B 出場 1968-05-26/日 郡山工場 中検A 入場 1968-05-31/金 郡山工場 中検A 出場 1968-08-03/土 借入 尻内区 返却せず 1968-09-26/木 盛岡区→青森区(実機は尻内区から横移動) 1969-06-06/金 土崎工場 全検 入場 1969-06-16/月 土崎工場 全検 出場 出場時に日章旗掲揚 1970-04-10/金 土崎工場 中検A 入場 1970-04-14/火 土崎工場 中検A 出場 1971-01-25/月 土崎工場 中検B 入場 1971-01-30/土 土崎工場 中検B 出場 1971-07-30/金 借入 酒田区 1971-08-01/日 返却 青森区 1971-09-20/月 借入 盛岡区 展示用 1971-09-26/日 盛岡局内本線完全無煙化(東北本線全通80周年)記念 東北本線貨1783レ三重連(本機+D51810+D51866+FC)に使用 盛岡-八戸間 1971-09-26/日 盛岡局内本線完全無煙化(東北本線全通80周年)記念 ぽっぽ列車明治号 臨客9531レ(本機+D51810+PC7輌)牽引 八戸-青森間 返却 青森区 1971-09-30/木 奥羽本線北部無煙化記念SLさよなら列車626レ・637レ牽引 青森ー弘前間往復 1971-10-08/金 青森区→浜田区(着 10/12) 1971-10-27/水 後藤工場 中検A 入場 重油併燃装置取外し 1971-11-04/木 後藤工場 中検A 出場 1971-11-23/火 借入 梅小路区 国鉄製作映画「蒸気機関車-その百年」の撮影用 撮影後返却 1971-11-28/日 返却 浜田区 1972-02-23/水 借入 梅小路区 1972-02-28/月 返却 浜田区 1972-08-26/土 鉄道100年記念及び本機の動態保存選定による梅小路区への移動を惜しみ、定期客レを特別にSL四(三)重連運用にした546レ・533レ(本機+C56108+C57101+D51620+PC)を牽引(山陰本線浜田-米子間(D51620は出雲市-米子間のみ)) 翌日も運行(ただし、出雲市ー米子間のD51620はD51674に変更) 1972-09-18/月 後藤工場 中検B・動態保存特別整備 入場 1972-09-29/金 後藤工場 中検B・動態保存特別整備 出場 1972-09-30/土 浜田区→梅小路区(着 10/1) 1972-11-05/日 奈良線団臨客レ「でみず」号(本機+PC8輌)牽引 京都-奈良間(某hpには9226レ・9227レとある) 1972-11-12/日 奈良線・関西本線・草津線・東海道本線団臨客レ「SLの旅 伊賀忍者」号牽引 京都-奈良-伊賀上野-柘植-京都間 1972-11-19/日 草津線・東海道本線(”SLにお別れしよう!山城・多賀一周SLの旅”と銘打った関西周遊団臨客レ)「南京信」号9701レ(本機+PC8輌)牽引 柘植-京都間(なお、京都-桃山-奈良間9631レは機回しの関係でDE101092が牽引し一周完了) 1972-11-19/日 関西本線(”SLにお別れしよう!山城・多賀一周SLの旅”と銘打った関西周遊団臨客レ)「南京信」号8246レ(本機+D51885+PC8輌)牽引 奈良-柘植間 1973-08-03/金 奈良線・関西本線団臨客レ「SLの旅 伊賀忍者」号牽引 京都-奈良-伊賀上野-柘植間(某hpには柘植で機回し後に草津線入線という記載あるが、奈良線経由往復と思われる) 1973-08-11/土 長野工場 全検 入場 1973-10-08/月 長野工場 全検 出場 1973-11-03/土 関西本線伊賀路の旅号牽引 奈良-柘植間(11/23も実施) 1973-11-03/土 関西本線臨客レ「SL伊賀路の旅」号牽引 奈良-伊賀上野-柘植間 1973-11-12/月 東海道本線・奈良線・関西本線伊賀号牽引 大阪-京都-伊賀上野間(柘植機回し) 1975-03-31/月 同日現在 配置 梅小路 1976-03-31/水 現在 梅小路区(動態保存中) 1979-03-28/水 本機の動態保存継続が決まる(運車達800号) 1986-05-30/金 廃車(梅小路区) 備品(無火)として梅小路蒸気機関車館にて静態保存 形式最終廃車機 走行距離 2,351,716km 2010-04-10/土 梅小路蒸気機関車館英国国立鉄道博物館姉妹提携10周年記念式展で屋外3重連展示 2016-04-29/金 京都鉄道博物館落成に伴い同館扇形庫にて公開展示