このHPを初めて見たときの、冬の妙法原大俯瞰の感動を味わってきました。
肉眼でも遠くは只見線の高田から坂下、磐西は翁島付近まで見渡せました。
2日目と最終日の連続登頂をして少々疲れました。
ひょっとしたら、2日目に一番上で私と並んで撮っていらしたのは、SL STORY様だったのでしょうか?
最終日はSL広田到着後に腹痛のアクシデントもありましたが、なんとか広田発車までに回復させて撮影続行しました。
残念だったのは、SLの時間に天候が悪くなったことです。
485フェアーウェイの時は良かったのですが‥。
また来年も登りなさい、ということでしょうかね。
試レ2日・本運3日のフル出撃して来ました。
今年は、昨年のように1日中快晴という日はありませんでしたが、ひどく荒
れた日もなく、曇時々晴れ間たまに雪が舞うといった天気でした。
試レの8・9日は、風が弱く、整った煙を見ることができました。
8日の下り1本目は、旧中山宿の直線を正面から。白煙→並?の斑爆煙。
続いて翁島先で。(雪が舞いました)
上りは、磐梯町から猪苗代にかけてガスが発生し、撃沈してしまいました。
9日の下りは晴れ。1本目を中山峠で撮影後、無風の関都出発。半逆光に輝
くモクモク白煙は美しく、しばらく漂っていました。(直前まで霧に包まれ
ていたため) 磐梯山も全容を現していました。(結局、磐梯山OKは試レ・
本運を通じこの日の下り時のみ)
上りは、更科(信)。今年は普通列車と交換の為2分停車。モクモクと上が
って来て、モクモク停車したままで爆黒煙出発。午後3頃から曇ってしまい
ました。
試運転の2日間では、9日の方が煙の出が良かったです。
試運転後一旦帰京し、本運転へは再度の出撃となりました。
磐越西線に出撃された皆様お疲れ様でした。 私もに2日目に出撃して来ました。
今、上がってきたポジを見ていた所、返しで撮ったオメガカーブで、先頭の客車の窓から出ているオジサンの顔が煙に見え隠れして、ちょうど心霊写真のようになっていました。(笑い)
2日目にオメガカーブで撮った方・・・見てみて下さい。
初めて書き込ませて頂きます。件の撮影地は鳴子と中山平の中間点。鳴子峡遊歩道の中山平側入口レストハウスから少し鳴子寄り、国道47号の橋上です。歩道が付いてるので、安全に撮影できます。バスは鳴子峡の観光シーズンのみの運行なので、タクシー利用しかありません。地図上ですと、列車が鳴子を出てから最初のトンネルを抜けて鳴子峡を渡る鉄橋になります。一つ気に掛るのが、車道からの排雪が、歩道を埋め尽しているかもしれないことです。まあ最近、宮城では大雪が無かったので、たぶん大丈夫だとは思いますが…。
C6250氏へ
いい思い出じゃないですか。現役時代に乗務員さんのご好意でキャブに添乗させてもらって写真を撮ったり録音したり・・。こんな話は枚挙にいとまないですよ。その時の事がご縁で、いまだに年賀状のやり取りをしている方もいますから。
そんな楽しかった思い出話を30数年後の今日、インターネット上で公表する事にケチをつけるあなたの神経が理解出来ません。言い尽くされた諺ですが、あなたの書き込みは『重箱の隅を箸でほじくる』以外のなにものでもありません。
服務規程だの違法だの時効だの、堅苦しい文言が並んでいますが、あなたの様に、他人の行為にちょっとでも不具合があると、すぐにそれを声高にせっつくせせこましい人間が多い現在と違って、当時は人々の心も大らかで、時間もゆっくり流れていたのんびりした時代だったのですから。私もかつて、某ローカル線区で『写真撮りに来たんかい?乗ってみるかい運転台、汽笛も鳴らしていいぞ』とキャブに乗せていただき、走行中に石炭までくべさせてもらいましたが、一生涯忘れることの出来ない少年時代の最高の思い出になりました。
C6250さん、もっともらしい事を書き並べて他人の足を引っ張ることばかり考えてないで、もっと広い心で物事を見ては如何ですか。あなたの書き込みを見てると、終戦直後、客車の屋根や機関車の前やランボード上に乗客が鈴なりになっている買出し列車の映像を見て『こいつら鉄道営業法違反だ』とか、40キロ道路を41キロで走っているドライバーに対して『道交法違反だ、交通ルールがなってない』とか言いそうですね。それから、昭和42年に発生した南海の事故ですが、あれは運転台に乗せた自分の子供に気をとられて前方確認が疎かになった結果、踏切を支障している自動車に気付くのが遅れて事故に至ったものであり、あなたが目くじら立てている好意のキャブ添乗とは全く異質の事例ですので。
最後に『先日同主旨の文を某有名板に書き込んだところ、瞬時に削除されてしまいました。』との事ですが、当然ですね。私が管理人であっても即行で削除しますよ、こんなふざけた書き込みは。『当時のSLファンがみなそんな(違法な)ことをやっていた、とは思われたくないです』そんなふうに捉えるのあなただけじゃないですか?
宣伝モードで失礼します。
管理人様が掲載している妙法原大俯瞰には及びませんが、磐越西線電化区間初挑戦で、北堰林道からの俯瞰を楽しんできました。よろしければご笑覧下さい。
この路線の魅力に填ってしまうかもしれません。
最終日の一日だけでしたが、出かけて来ました。
天候にも恵まれて久しぶりにD51らしい煙が、見られて良かったです。
HPにUPしましたので、宜しければご覧下さい。
どうも、皆さん。こんにちは。
そして3連休中、追っかけにいかれた方、お疲れ様でした。
D51の撮影に昨日、行ってきました。
ものすごい煙の量でした。
特にトラブルや事故もなく終われたので、よかったと思いました。
<<会津のけむり様>>
大変失礼致しました。会津の方言だとは知りませんでした。
お詫びいたします。
ではまたごめんなんしょ。
SL終焉の頃は報道関係でもなかなか許可の出なかったSL添乗。一般人のまた中学生や高校生に正式な許可が出るわけはありません。報道や取材など正式許可の場合には必ず指導機関士が一緒に乗務して機関士、助手の方々の業務に影響がないように配慮されていました。
一般人の添乗は服務規程で厳重に禁止されているだけでなく、公共交通機関の安全に関わることですから乗せた方も乗った方も完全に違法行為です。もし事故でもあれば(無くても見つかれば)機関士さんもただじゃすまされなかったことでしょう。
もともと禁止であった訳ですが、昭和42年ころに某関西私鉄で自分の息子を運転台に乗っけていた運転士が衝突事故を起こし、大きな社会問題になったところから厳しくなりました。雑誌などでもそのようなお願いは絶対にしないようにと言われていたはずです。
そのような中であえて機関士さんの好意で乗せて貰ったわけですから、その時の写真や録音はは自分の大事な思い出としてとっておけば良いのであって、公のホームページでの公開やそれを自慢げに宣伝して回るのは如何なもんかと思います。
もう時効だからいいじゃないか、ということなのでしょうか。当時のSLファンがみなそんな(違法な)ことをやっていた、とは思われたくないです。
先日同主旨の文を某有名板に書き込んだところ、瞬時に削除されてしまいました。
こんばんは。
磐越西線と只見線から先程帰ってきました。
只見線にも多くの方が出撃されていたのには少し驚きました。
多くの方と話す機会がありました。
色々とありがとうございました。
まずは、無事帰ったと言う報告まで。