以前 上越線でD51とC58の重連をしたとき、線路際の民家に鉄が押し寄せ、花壇が踏みつけられた事があった。大事に育ててきた花が無残な姿になってしまった。このときのその民家の人は猛烈にJRに抗議した。これが直接の原因ではないと思いますが、地元の人からすれば、ほどほどのイベントなら受け入れるかも知れないが、首都圏に近いこともあり、極端に人が集まるイベントはきらっているのも事実。その事以来重連はなくなってしまった。たまたまかも知れんが・・・。こちらが希望・要望をすればするほど、責任も比例的に大きくなってくることを肝に銘じ、いろいろな人と協力・共存していくことが大切かなと思います。それが、結果的に待ちに待った重連を復活あるいは新規の組み合わせを呼ぶのではないでしょうか。
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