11・12日で釧網試運転行ってきました。
11日朝は首都高5号は事故渋滞、一旦一般道へ降りて別ルートから乗りなおし、飛行機に乗り遅れるかと冷や汗ものでした。
撮影は初重連という事と、川湯延長を目当に、純線路端として追っかけてみることに、まずは旧釧路川鉄橋へ、列車が来るころは曇ってしまったものの見事な煙で通過、以降塘路の先、五十石の手前、摩周の手前あたり(車から適当にあたりをつけて撮ったので場所を特定できず)この後昼食にして今回メインの山線区間へ。
途中の踏み切りから見て少し気になるカーブが有ったので機材を担いで行ってみれば、雰囲気のよいSカーブ、軽い雪にもがきながら足場を作ったものの三脚がうまく固定できないうちに汽笛が、DL補機のない列車は力強いドラフトで登ってきました。このあとは川湯温泉駅に行ってみることに。
この駅には現役時代特別の想い出がありました。
現役時代の撮影旅行も慣れてくると宿は現地についてから駅前旅館に飛び込みで泊るようになった、急行が止まるような駅には必ず大なり小なりの旅館があったものだから。
夜も少し遅くこの駅に着き、温泉行きの終バスが出て駅前が静かになったのでさて旅館でも辺りを見渡せば・・・無い!、明かりを落とした土産物屋があるのみで旅館が無い。
急行停車駅でも温泉街への接続駅前には旅館は無いのか、暫し人気の無い凍てつく駅前で茫然自失。
少し気をとりなおして、国道まで出てみれば、目に入ったのは モーテル の看板、最悪荷物を抱えてここのカーポートへ入っていくか、真剣に考えてしまった。アメリカ辺りでは、モーテルと言えば長距離ドライバーの宿として健全なものの、日本の場合だいぶ意味合いが違う・・・。というようなことを考えていたまだ純情なころでした。
このモーテルと思われる建物健在でしたが、まさかあの時のまま???・・・。
返しは最初の踏み切りからスタート、ここは鉄で賑わっていました、本運転時も賑わいそう。
摩周の発車をとった後は日没となりました。
翌日はほぼ前日と同じパターンで追っかけ、山線区間は峠に近い踏み切りから入って、内カーブ、半逆光、噴上げ煙、上手く写っていれば大満足。やはり雪の山線はいいよなー、な気分でした。
この後川湯温泉、摩周と撮って荷物も整理せずに空港へ直行したものの、営業所に着いたのは、営業時間終了5分前。あまりの深追いは禁物を実感しました。
せわしない行程でしたが、やはり来て良かったと思える2日間でした。 本運転も模索中。
長文 失礼いたしました。