昔は良かった。C551の引く「利尻」。音威子府で夜中に長時間停車のSLの周りを撮影していたら、運転手さんからそんなに好きなら、こっちに乗るか?とキャブに同乗するお誘いを受けました。高校生でずうずうしさのないころでしたので、心を開いてくれたのでしょうか。そこからキャブに乗せていただき、駅名は忘れましたが出発のレギュレーターのレバーを運転台に座らさせていただき引かせていただきました。空転だけはさせるなよとか言われ緊張した記憶があります。もう一人の相棒は、テンダーの石炭を釜に入れる投炭作業をさせていただきました。1時間ほどかわるがわる作業をさせていただきました。夜中のキャブのぶれぶれ写真が今でも大事にしまってあります。これが良かったのか、悪いことだったのか、SLの世界は血の通った世界として許されたのか、否か。運転手の裁量に責任者として出来る範囲がここだったのか。高校生の私にはものすごい体験として55歳の今でも心に焼き付いています。こんなすばらしい体験も、今の報道崩れがたむろしている鉄の世界では到底無理でしょうが。鉄道撮影のマナーは地元の人にはわかりません。地元の生活の場に勝手に入ってきたものでしょう。限りなく懐かしいだけ。気に入った写真を撮るために高い金を払って機材をそろえ、現場に乗り込んでも、思うように行かなくて怒鳴るエゴ。でも気持ちはわかる。しかし、どこの世界にも顔を出す野次馬の先頭を切っている報道くずれ。少しでもいいカットを手にして金にしようとたくらむあまり、耐え切れなく怒鳴る。ポリシーもなく、ジャーナリストにもなれず、ただ写真を撮って売ることしか能がない野次馬はやはり見境がない。最近の報道番組を見るとまさに同じ脚立とカメラ群が見える。マイクを突きつける内容も自分がやじ馬化していることも忘れ、報道が軽薄に見える一瞬だ。ざわざわしすぎて地元の人がもう昔のような生活の中で汽笛を聞けない。人が多すぎてテッチャンは線路に沿った砂利道を歩きながら好きなところで写真も撮れない。だから今回もあきらめた。SL通過の直前にはぼろぼろ地元の人が入ってくる。もうこうなったら望遠でテレコン入れて引付けるしかないか。その限られた環境でとるしかない。SLが好きだから皆さんがその限られた環境でとることが出来るようにテッチャンは訓練すべきかな。怒鳴るやからの残るは報道崩れのみ。
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