私は当時18歳でした。確か北海道に行っていたものでその場にはいませんでした。情報も少なく、また架線の下のSLよりか雪の北海道に魅力を感じていたのでしょう。今から思うとやはり上野駅のさよなら列車を追いかけるよりか北海道で生活の中に溶け込んでいるSLを追いかけていたのが正解だと感じます。どちらにしてもさよならイベントはあまり魅力を感じません。八高線や両国駅など行きましたが保存して大事にする写真にはなりませんし。人それぞれ思い出や思い入れはあるでしょうが。御殿場線、総武線、奥中山、や常磐線の平から北の四ツ倉から先には良く行きましたがコンクリート電信柱が線路脇にごろごろと置かれ始めるとものすごい空虚感が胸を締め付けます。この電信柱を見た後重い足取りで帰ってきた記憶は今でもしっかりと残っております。その後のさよなら列車の撮影は両国と八高線以外はほとんど行ってません。遠くの汽笛がいつもより響く最後の瞬間を記憶しているほうがすばらしいと思います。
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