上越線等に出撃されてガンバッテいらしゃる方も多いようですが
もっぱら磐西C57専門といった私は、冬眠ならぬ充電期間といったところでしょうか。
でも、このオフシーズンも大切で昨シーズンまでの写真を引っ張り出して
反省・研究等しています。
そんなことをしていると、この場所はもっと良い条件で撮れるはずだから
撮りなおししようかとか、今度は○○の時期にあの場所へ行ってみようとか
いろいろイメージもわいてきて、それもまた楽しいものになっています。
それらを紙に書き出して、来シーズンの大まかな撮影スケジュールを
立てて見るのですが、何かが足りないような気がして考えていると
あっ、そうそう「とりめし」とりめしなのです。
いきなり「とりめし」と言って?と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、もちろん日出谷駅前の朝陽館さんの「とりめし」のことです。
そもそも、私と「とりめし」との出会いは今から10年ほど前にさかのぼります。
当時付き合いのあった友人から、新聞(新潟日報と言う地元紙)に
幻の駅弁と言うことで、日出谷駅の「とりめし」が紹介されており
その駅弁を作っているのは、自分の父親の実家の隣だと言い
一緒にその駅弁を食べに行かないかと誘われました。
と言うことで車で日出谷を目指したのですが、私は新潟県民でありながら
お恥ずかしいことに日出谷に行くのはこのときが初めてでした。
延々、山の中へ入って行くような感じで、本当にこの先の駅に
駅弁が売っているのかなーと半信半疑だったのを覚えています。
そんなことを考えているうちに日出谷駅に到着。
目的の朝陽館は、駅のすぐ脇にあり「とりめし」の看板も出ていました。
早速二人で店に入ると、ご主人が出てきて「とりめし」を二つ買うことが
出来ました。
幻と言うわりには、あまりにもあっさり買えてしまったので
少し拍子抜けしていたのですが、ご主人が「もうすぐ汽車が来る」と言って
何やら準備を始められました。
木枠の箱を前に担ぐ、昔ながらの駅弁売りの格好で駅のホームへ
たしか上り列車だったと記憶していますが、2両編成の列車がホームに
入ってきました。
結局「とりめし」は一つも売れなかったのですが、私はご主人のその
一生懸命な姿にとても感動をしました。
幻の駅弁を食べられたことよりも、ホーム上で「とりめし」を売る
ご主人の姿のほうが、とても強く印象に残ったことを覚えています。
しかし、その当時の私はSLはもちろん鉄道そのもに全く興味が無く
写真趣味もありませんでしたので、ただそう言うことがあったで
終わっていました。
C57復活直後の時点で、写真趣味はあったのですがSL自体にはまだ
興味はありませんでした。
ところが別の友人に「ばんえつ物語」号を撮りに行こうと誘われ行ってみたら
いっぺんでSLの魅力にとりつかれてしまい、翌週からは一人でも
行くぞって感じでした。
で、すぐにあのときの日出谷駅での「とりめし」の記憶が頭をよぎり
あの光景を写真に収めたい。しかもSL列車、最高に絵になるはず。
そう思いをめぐらせた私は、翌週「とりめし」を買い求めがてら
朝陽館のご主人に当時のことを話し、それを写真に撮らせてほしいと
言いましたが、今ホーム売りは役場の方にまかせてあるので
それは、もうやらないんだと言われてしまいました。
私は一瞬とてもガッカリしましたが、それだけ時代が変わったのだなあと思い
また逆にSLと共にこの「とりめし」が復活したこと自体に、感謝しなければ
いけないのかなと思いました。
その後は、C57と磐西の四季折々の素晴らしい風景を撮ることに
夢中になっていき、「とりめし」の想い出も心のかたすみへ・・・
でも撮影のオフシーズンに自宅でゆっくり、磐西C57の過去4シーズンを
振り返ってみると「とりめし」の想い出が、ふっとよみがえってきて
やっぱりあの素晴らしいシーンを写真に収めたい、どうしてもそう思って
しまい、何とか実現できないものかと・・・
私個人でお願いしても無理でしょうし・・・
鹿瀬町様の素晴らしいイベント企画力で、何とかなりませんでしょうか?
こんなことを勝手に考えている私は、やっぱりわがまま人間かもしれませんね
個人的な内容ならびに長文で失礼いたしました。