私も33〜4年前、常紋の最後の夏〜冬〜春と遠征した記憶が思い起こされます。現在の常紋信号所は、トンネル出口から巨大なスノーシェードで覆われ、閉塞区間の境にはなっているようですが列車交換することもなく、当時とは大きく様変わりしています。とは言え、あの難所の峠を2両のDLの力を借りながらでも再び蒸気の煙がたなびくとは夢のようです。いつの日か、釧網本線のようにJR北海道の2両のC11が、重連で坂を登る日が来ることを夢見ています。
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